2014年9月28日

唐茄子(とうなす)

 落語に「唐茄子屋政談」という演目があります。大商店の若旦那が放蕩の末、勘当されます。自殺しようとしたところ、叔父の勧めで八百屋の行商人となって出直し、通行人に商売を助けられ、貧民長屋で母子を助けるといった人情噺です。炎天下、若旦那が唐茄子を天秤に載せて売り歩くさい、荷の重さにへこたれて吾妻橋の中ほどで転んでしまう、といった下りがあります。唐茄子を茄子の種類だと思っていた私は、この描写に違和感でした。唐茄子が滅法重い、ころころと転がるだの・・・。なぜ?と思ってしまいました。そして、唐茄子が「かぼちゃ」の別名だと知ったとき、おおいに合点でした。
 10月1日、「唐茄子屋政談」も得意ネタとした志ん朝の13回目の命日です。

(衛藤夏子 、「船団の会」会務委員)


2014年9月21日

芋煮会(いもにかい)

 近々、行ってみたい行事ナンバー1、 近々、実行してみたいアウトドアナンバー1。
 私の乏しい知識によりますと、有名どころ宮城と山形では、芋煮の具材、味付けが違うとのこと。うーーーん、奥が深いぞ、芋煮!ちなみに、宮 城県(仙台)は味噌ベースで豚肉が入り、山形県は醤油ベースで牛肉が入るとのこと。もちろん、メインは里芋。
 どちらも捨てがたく、行った際には、必ずや二県を制覇するつもり。 ただし、現実問題として、東北訪問の予定がないわたくし。とりあえず は、この関西の地での芋煮会をもくろんでおります。秋の味覚をたっぷり頂戴して、英気を養いませんか。収穫の恵みに感謝し、来るべき冬に備え ての芋煮会。食いしん坊会の幹事はわたくしにお任せ?!

(朝倉晴美 、「船団の会」会務委員)


2014年9月14日

秋の彼岸(あきのひがん)

  「絶」という一文字からどれだけの熟語を思いつけるだろうか。絶頂、絶好、絶望、絶縁、絶体絶命…まだまだ出てくるがどちらにせよ、プラスであれマイナスであれ、この一文字が付くとその意味はたちまち極地へと飛ばされてしまう。
 西田潤の作品群『絶』は極地と極地の狭間であらゆる言葉を拒“絶”し、そこに存る。陶土、釉薬、鉄などを焼き貫き、割られたその塊。
  「絶」とは何なのか。岐阜県現代陶芸美術館を訪れ、館の入り口に聳える作品『絶』とどれだけ対峙してもそれは何なのか、何を意味するのかを僕に答えてはくれなかった。作者自身に問いかけようにも、彼はもうすでに遥か向う岸の人となってしまっている。

(山本皓平 、「船団の会」会務委員)


2014年9月7日

月見(つきみ)

 家から半径五百メートルの日常圏内に、和菓子屋さんは三軒あるがケーキ屋さんは一軒だ。和菓子派の私にはちょっとうれしい傾向。こぢんまりとした店先のショーケースには栗饅頭、おはぎ、最中、桜餅、草餅、水無月などが日本の四季と共にほのぼのと並んでいる。特に最中は子供の頃から大好き。そして、この最中という名前に何となく不思議感を抱いていたのだが最近その由来に納得した。江戸時代後期に誕生した最中は、平安時代の歌人・源順(みなもとのしたごう)が、水面に映る中秋の名月を見て「秋の最中」と詠んだ歌に因むらしい。いつの間にか月見の季節、きれいな満月を待ちたい。店先には月見団子も並ぶ頃だ。

(藪ノ内君代 、「船団の会」会務委員)


2014年8月31日

野分(のわき)

 富山県八尾の「風の盆」は、立春から二百十日目の風封じと豊作を願う踊りだ。坂の町を彩る伝統芸にあいたくて、出掛けたのは1年前のこと。八尾旧町散歩の地図を片手に、蔵並通り、諏訪町通り、東新町、若宮八幡宮と石畳の町並みを歩く。待ちに待った夕暮れ時。琥珀色に染まる町と、胡弓の音色と唄と踊り。こんな時、誰かといっしょなら、ふわっとした心持になれるのだろうに。何しろ一人。キッとなって、道に迷うな、惑うな、帰るまでは、と、我ながら風情のないこと、この上ない。ともかくも夜9時近くまで楽しむ。
 「今度来るときは、この時間からがたぶん本番!の越中おわら風の盆を楽しもう。」

 一筆啓上 ワタクシの胸の内の野分殿

(村上栄子 、「船団の会」会務委員)


2014年8月24日

虫の音(むしのね)

 今年の高校野球も白熱の試合が続いた。毎年大会が終わる時分、夜になると虫の音が聞こえ始める。子供の頃は虫の音を聞くと「宿題が出来てない」「学校が始まる」嫌な現実がどっと襲ってきて、高校野球が終わってしまった寂しさと入り混じり複雑な気持ちになった
 平安時代から和歌の世界では既に「虫」の題がたてられ、それは「虫の音」に通じるものだったという。「虫の音がしきりに貴族や女房達の感傷を駆り立てもののあはれを深く知るようになった」と山本健吉は『日本大歳時記』に解説する。ダメ小学生だった自分が虫の音に掻き立てられた焦燥感を「もののあはれ」と呼んでもいいものか。いいことにしよう。

(三宅やよい 、「船団の会」副代表)


2014年8月17日

台風(たいふう)

 小学生のころ「台風の目」を実際に庭から見上げたことがある。濃い水色の丸い形の空は、ほんの束の間だったが印象に残るものとなった。ここ大阪と違い、生まれ育った愛知県東部はよく台風が真上を通る。近くの川が決壊しそうだと聞くと、父がゴムボートに空気を入れ始めたりした。雨戸を閉め切ると家族が自然の脅威を前に一致団結しているような気分になる。そんな風にして「台風の目」が通り過ぎるとまた暴風雨圏になるが、風が全く逆側から吹き始める現象が面白かった。
 台風という熟語は意外に新しい。中国の颱の字を活用し、英語のタイフーンと語呂をあわせて「颱風」と綴ったのは、明治39年中央気象台発刊の『気象要覧』から。それまでは単に暴風雨と記されているとのことである。
 先日の台風11号では近くの安威川が避難水位を上回り、大切な物を2階に上げた。子供のころ以来の久しぶりのことであった。

(藤井なお子 、「船団の会」会務委員)


2014年8月10日

坂東太郎(雲の峰)(ばんどうたろう)

 江戸時代、坂東(関東)にある川は太郎(大きなものの敬称語)と呼ばれ、坂東太郎は利根川の異称となった。そして利根川の方向に現れる夏の白い雲(雲の峰)をも坂東太郎と言ったらしい。因みに、夏の積乱雲を太郎雲と呼び、大坂では丹波太郎、九州は比古(英彦)太郎、越前は信濃太郎、など各地で・・・太郎と呼び親しまれていたのだとか。
 この夏はなかなか定まらない天気だが、スカッと晴れた日の入道雲を見つけたら、その雲に自分だけの名前を付けてみたらどうだろう。そして毎年、その雲に出会えたら、吉としよう。

(陽山道子 、「船団の会」会務委員)


2014年8月3日

滝(たき)

 暑気払いといえば、みなさんは何を思い浮かべられますか。プール、夕涼み、屋上ビアガーデンなどでしょうか。私は、滝見。
 箕面市民と同じように、神戸市民も手軽に滝見に行くことができる。新神戸駅から山道を登ること約15分、布引(ぬのびき)の滝に着く。今の時期は登りついたら汗だくになるが、日陰に座っていると滝からの風で汗が引いていく。その滝を斜め正面から見る位置にあるのが「おん滝茶屋」。お気に入りの席は、滝に向かった屋外の席。そこに座り、おでんをアテに瓶ビールを飲みながら滝を見ていると飽きない。8人用ぐらいのテーブルもあるので、句会もできる。どなたか、一度「滝見句会」を一緒にやってみませんか。
 帰りはほろ酔いで歩くが、下りなので楽なもの。これが最近のささやかなマイブーム。

(早瀬淳一 、「船団の会」会務委員)


2014年7月27日

夏の夜(なつのよる)

 薄汚れたクロス。空調の効きも悪い。駅の観光案内で「駅近のなるべく安いところ…」と言ったことを後悔し始めていた。こんな時は早く寝るに限る。缶ビールを一気に飲み干し眠りに就いた。三時間も眠っただろうか、寝苦しさから目が覚めた。暑い。「ばさっ、ばさっ…」大きな蛾が壁に当たるような音。枕元の照明をつける。そこには何もいない静寂。照明を消す。「ばさっ、ばさっ…」。汗が冷汗に変わる。部屋の照明を全部つけて寝ることにした。二十分、三十分眠れない。突然照明が消えた。心臓が早鐘のようになる。停電か、いや違う。廊下で男の話し声。こんな時間にありえない。「コンコン」ドアをノックする音。恐怖のあまり気を失うようにして眠りについた。新岐阜駅前のホテルS。十年ほど前の夏の夜のことである。

(長谷川 博 、「船団の会」会務委員)


2014年7月20日

端居(はしい)

 通勤は最寄駅から会社迄徒歩8分。時には異なる道を歩いてみた。ある会社のビルの前にお年を召したご夫婦が仲良く縁台に腰掛けておられ、私はなんとなく会釈して通り過ぎた。その後もほぼ毎朝、縁台のご夫婦と会釈して通勤した。いつしか「おはようございます」「おはようさん」と挨拶するようになり、夕方もその道を帰ると、時々縁台で夕涼みをされており「今、おかえり。お疲れさん」とお声をかけて下さった。息子さんに事業承継した後も健康の為、会社に夫婦で来ているとの事。何日か縁台に姿がない時は、「どうなさったのかしら?」と気にしたりして数年が過ぎた。ある日からご夫婦の姿を見なくなった。2ヶ月程して通りすがりに奥様が他界された事を知った。私の父は庭に小さな泉水を造り、母と縁側に腰掛け、数匹の鯉を見ながら実に楽しそうにしていた。その両親と、私はどこか重ねていたのだろうか。通勤時のちょっぴり切ない思い出である。

(鶴濱節子 、「船団の会」会務委員)


2014年7月13日

青大将(あおだいしょう)

 押し入れの奥でドスンと音がした。蒲団の綿を打ち直す祖母がアラ!と声を上げる。その頃は既に腰は二つに折れ茶の間のテレビの友となっていた祖父だったが、風呂焚き場から火箸をとってきて、押し入れを開ける。大きな青大将が蒲団の上で蜷局を巻き、赤い舌をちろちろと出していた。隣家の石材屋からの招かれざる客である。矮鶏を飼っていた我が家はよく産みたての卵もやられた。台所の卓に置いた卵を丸呑みしドスンと床に身を投げ腹の中で割る。その食べっぷりはなかなかもって見事だった。「蛇と猫は殺すと祟る」と言って、祖父は素早く頭を火箸で掴む。火箸にまとわりつかせ、折れた腰をずるずる引き摺り、小さな私を連れて近くの川に捨てに行く。捨てられた蛇は首をもたげて下流に流れた。祖父は昔兵隊だったな、と幼い私は思った。祖父も祖母も鬼籍に入って久しいが夏の押し入れをあけるといつもこの感がよぎる。

(塩見恵介 、「船団の会」副代表)


2014年7月6日

汗(あせ)

 吸湿速乾、さらっとしてむれにくく快適な着心地。抗菌防臭・放湿機能付きドライメッシュ。綿100%素材にこだわっていた中高年でさえ、最近はこのような化学繊維の下着にはまりだしている。数年前、息子が帰省したとき、洗濯物を見て驚いた。このたよりないTシャツは何?このフニャフニャのパンツは何?洗濯後、干している間にもう乾き始めている。なるほどひとり暮らしには最適だ。化学繊維はからだに良くないと思っていたが、汗をそのままにして体が冷えるよりは良いとのこと。
 いやいや、やっぱり汗は健康的だ。汗の匂いは人間の匂い。イケメンの汗はイケメンの香り。きっちり畳めないようなフニャフニャパンツはいやだ。

(小西雅子 、「船団の会」会務委員)


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