2015年3月29日

古巣(ふるす)

 自宅の車庫の壁に燕の巣が一つある。数年前から毎年この季節になると必ず燕がやって来ていた。初めは物珍しくて日に何度も観察した。二、三年すると糞の世話にも馴れた。五年も経つと当然のことのようになっていた。でも、果たして今年はどうなのだろう。心配の理由は巣の縁の上部が少し欠けてしまったことだ。このままの状態では縁の所から燕の子が零れ落ちてしまうに違いない。そろそろ親燕が舞い戻って来る。そしてこの古巣を修復するのか廃屋とするのか、その小さく賢そうな頭で考えるのだろう。

(藤井なお子、「船団の会」会務委員)


2015年3月22日

山菜(わらび・ぜんまい)

 蕨、薇、嫁菜、野蒜、石蕗の子、蕗の薹、クジュ菜(臭木の芽)などと連ねるとドキドキしてくる。子どものころから春先の苦い味が好きで、特にクジュ菜の匂いと味は特別な大人の味。これらの山菜を採るのは子供の仕事だったから、あちこちの持ち山に出掛けて摘んでくる。目当てのところへ行くともう誰かに摘み取られた跡、垣根はないがほとんどの山は持ち主があるのに。ドロボー。くやしかった。
 十年ほど前、宮崎から熊本まで車で走ったとき、高千穂の道の駅の斜面で見つけてしまったのだ。蕨を。そしてアッあそこ、ここと夢中で両手いっぱい摘んでから、私もドロボーしていることに気が付いた。

(陽山道子、「船団の会」会務委員)


2015年3月15日

春うらら

 「蔵開き」という行事がある。正月の吉日に初めて酒蔵を開いて、大勢でお祝いをすること。神戸と西宮では二月〜三月の毎週末にあちこちの蔵がこのイベントを開催する。神戸・魚崎の菊正宗の蔵に行ってみた。「日本酒離れなんてどこの話?」というぐらい、公園くらいの屋外会場は正午すぎというのに、満員。利き酒は、ぐい飲み一杯分で、百円。テーブルは相席なので、七十がらみのおじいさん二人と夫婦と奥さんの友人の三人に私をいれた六人は、アテの勧め合いをしているうちに、ほろ酔いも手伝って、話が弾んだ。コートを着ていたら汗ばむほどのうららかな早春であった。

(早瀬淳一、「船団の会」会務委員)


2015年3月8日

卒業(そつぎょう)

 六年前、公務員を卒業した。退職というより「業」を終えたという感じに近い。共働きの片方が完全リタイアをすると、引き続き働いている女房の目が「ちょっとぐらい家事手伝うたらどうなん」とものを言う。うーん料理でも覚えるか。最初は焼き飯や丼物、美味しい美味しいと言われ、気がつくと週2回の飯担当になっていた。   ある程度のものが作れるようになるまでは、どんな時でも美味しい美味しいと言っていた。ところが、だんだん「美味しい」と言わなくなった。よく観察すると、不出来な時だけ「美味しいよ」と言っている。それも最近はほとんど言わなくなった。ついに「美味しい、美味しい」というおだて教育から卒業したのだ。女房は根っからの先生である。

(長谷川 博、「船団の会」会務委員)


2015年3月1日

雛祭(ひなまつり)

 通りすがりに百貨店の雛人形の売り場を覗いてみた。ライフスタイルによって雛飾りも7段飾りが少なくなり、コンパクトなケースに納められたものや内裏雛だけのシンプルなものが多い。また近年は世代を問わず、自分の為に購入するご婦人方も多いらしい。
 我が家もここ20年程は手軽に立ち雛を飾り、実家の母と一緒に選んだ7段飾りの大きな箱4個は押入れで眠ったままである。立ち雛を玄関に飾りつつ、今年は内裏雛だけでもリビングに飾りたい衝動にかられた。飾ってみるとふくよかな良いお顔だ。娘夫婦が遊びに来て、「飾ったの、懐かしいね」と喜んだ。私は娘の成長過程や亡き両親の事に思いを馳せ、「来年はお父さんと7段飾るね」と宣言し、夫を見ると「やれやれ」と言う顔で苦笑していた。「雛祭は華やいで過ごしましょうね、お父さん。」

(鶴濱節子、「船団の会」会務委員)


2015年2月22日

球春(きゅうしゅん)

 「オネガイシマース」と言ってノックをうける真面目な外人。
 喫煙所までサインをねだってついてくる子どもを追い払うのに必死な選手。
 ファンの握手攻めから逃げる口実に両手に荷物を持って歩くルーキー。
 何度もノックを落としてチームメートからやじられている若手選手。
 その選手の帰りの導線確保に偵察に走るブルペン捕手。

 テレビで見る彼らとはちがうのは、南国の陽ざしに包まれた温かさのせいばかりではない。往復船中泊の宮ア県への弾丸ツアー。初めて見たプロ野球のキャンプのひとこま。隣に座っている小学生の息子も、目がきらきらだ。

(塩見恵介、「船団の会」副代表)


2015年2月15日

草青む(くさあおむ)

 「下萌」という季語がある。下が萌える、何だか不謹慎。俳人の中には頭の端っこでそう思っていても「春の到来を感じますなあ」とか言う。辞書によると「下萌」は「人目につかず芽ばえること」。2000年ごろから「萌え」はアニメの中で、愛するという感情に使われはじめた。いわゆる「オタク用語」である。その後、流行語として幅広く使われている。この俗語「萌え」の出現により、季語「下萌」はその清い語感から少し変化したような気がする。直接的な「草青む」もいいけれど「下萌」の含蓄も捨てがたい。

(小西雅子、「船団の会」会務委員)


2015年2月8日

春浅し(はるあさし)

 「あんた、わたしのこと、『あんた、あんた』言うけど、わたし、あんたのこと『あんた、あんた』言わへんねんから、あんた、わたしのこと『あんた、あんた』言わんとってか。わかった?あんた!」
 小学6年生の時に、同じクラスの女子が、とある男子に向かって、叫んだ言葉。まだ春浅い月曜日の朝で、小学校の朝礼の日でした。校長先生を待つひと時、みんなで、彼女の言わんとしている意味を確認し合い、早口言葉のように、その科白を練習した一日でした。

(工藤 惠、「船団の会」会務委員)


2015年2月1日

水仙(すいせん)

 こんな物語がある。
 まだ幼さを残す少年が僧侶の修行に出る旅立ちの朝、ひそかに思いを寄せていた少女のために、格子戸越しに造花を投げ入れる。その造花の一輪が水仙だった。少年と少女の二つの別々の物語が水仙の一輪によってクロスして、冬の朝の凛とした大気にかなしく映える。樋口一葉「たけくらべ」の最終章である。
 美しい物語には、うつくしい花がよく似合う。そして造花もまた、一つの美しい花なのである。

(木村和也、「船団の会」会務委員)


2015年1月25日

凍る(こおる)

 「水は少しずつ出しっ放しに!」。母は山スキー客を相手に民宿をしていた。シーズンになると、この貼紙を洗面所に貼る。都会からの客は、ついつい癖で蛇口を閉めてしまう。水を流しておかないと、寒い夜には水道管が凍り、翌朝には水が出なくなる。最悪は、水道管が破裂し、春まで修理ができない。やがて山にリフトが設置されスキー場ができると、都会で働いていた兄が帰郷し、スキー場で売店を始めた。寒い夜の翌朝に売店に行くとコーラやビールなど飲料の瓶が破裂していた。兄は急いで冷蔵庫を購入し、飲料類の瓶を収納した。冷蔵庫は一定温度。寒い夜でも飲料が凍って瓶が割れることはない。「冬の冷蔵庫」は、雪国では季語かも。

(岡 清秀、「船団の会」会務委員)


2015年1月18日

冬籠(ふゆごもり)

 去年の12月7日、香里能楽堂で、辰巳満次郎氏と野村萬斎氏の「能の演出」についての対談があった。能の演出は不親切で、鑑賞する人の想像に任せるところが多いと、萬斎氏は繰り返された。
 「夢に舞ふ能美しや冬籠」冬籠という季語は、冬の防寒のために家に籠もるという季語だ。能と冬籠の取り合わせの句として読むこともできるが、この句の作者の松本たかしが、病弱で能を舞えなかったことを知って読むと、冬籠という季語が哀切を帯び、抒情性のある句になってしまう。俳句も字数が少ないので、演出は不親切で、鑑賞する人の感性や想像によるところがある。その点は、能と少し似ているんじゃないかな、と思った。

(衛藤夏子、「船団の会」会務委員)


2015年1月11日

女正月(おんなしょうがつ、めしょうがつ)

 15日は女性が家事から解放され、年賀に出向いたり、女性のみの宴が催されたりもする。
 つまりは女子会!
 日本人は、同性で群れるのが好き。(アジア圏はおおむねそうらしい。)欧米のカップル文化とは根本的、民族的に違うとのこと。男ばかりの幼馴染みを持つ私であっても、女子会は大好き!
 そうだ!今年は女正月女子会をやろう。もちろん、男子禁制。どうしても仲間 に入りたい男性諸君、女装するならば可……かな?

(朝倉晴美、「船団の会」会務委員)


2015年1月4日

初詣(はつもうで)

 「何をやってもだめなとき」って本当にあるのだなと、つくづく実感した2014年。特に十二月の散々さは27年生きてきた中で断トツに悪かった。どこで読んだかは忘れたけど某ミュージシャンが大病を患い休業した年を後あと調べてみたら六星占術でいうとこの「大殺界」だったらしい。自分も調べてみたらやっぱり僕の去年もよくない一年で、十二月は一年の内の大殺界にあたる月だったみたい。占いってのも馬鹿にできないですね。
  「気分変えていきましょ」と後輩に誘われ年明け早々に初詣へ。引いたおみくじは大吉。はてさて、今年はどんな一年になることやら。
 みなさま、今年もよろしくお願いいたします。

(山本皓平、「船団の会」会務委員)


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