2015年6月28日

ナメクジ

 夕方から降り出した雨は夜になってもやまず、霧雨のように音もなく降り続いている。庭の草木は雨に洗われ、独特の青い香りを庭中に漂わせている。俺はそんな庭を眺めながら缶ビールを嘗めるように飲んでいる。昔から晴れた日より、曇っているか少し雨が降っているくらいの天気が好きなのは、今も変わっていない。俺はうとうとしていつの間にか眠ってしまった。気がつくと朝の木漏れ日が目の上で揺れている。
 「あなたっ、あなたでしょ!こんなところに缶ビールの飲みさしを転がしたのは!大きなナメクジがへばりついているじゃないの」
 そう、俺はビール好きのナメクジ。そして、ここのダンナはナメクジが大好きなのだ。

(長谷川 博、「船団の会」会務委員)


2015年6月21日

熱帯魚(ねったいぎょ)

 熱帯魚飼育歴は23年になる。当初は様々な熱帯魚を育てて楽しんだ。近年は入れ替わりもあるが、プレコ1匹、グラミー類6匹、テトラ類20匹、コリドラス3匹が泳いでいる。それぞれ個性があり、プレコやグラミー類には名前を付けている。1番のアイドルは、12年育てているプレコの「ペロちゃん」。長寿である。体長は5cmから35cmに成長し、帆船の帆を思わせる大きな背鰭をひらひらさせて泳ぐ姿は優雅。話しかけると、大きな口をもぐもぐしながら、タイミングよく目玉を「くるりん」として見せる。娘が遊びに来て「ペロちゃん元気、可愛いね」と言うとすぐ反応する。きっと女の子かも。因みに水槽の掃除は夫の担当で、掃除をするとすぐ、ペロは海鼠の海鼠腸みたいな糞を引っ張り、ひらひらしている。夫は苦笑いしながら、それらを網ですくっている。

(鶴濱節子、「船団の会」会務委員)


2015年6月14日

薤(らっきょう)

 筍と薤は殿様に剥かせろ、と笑いながら祖母が言った。幼児の記憶である。幼かった私はその時、なぜか、薤の皮を剥かされていた。勿体ながってはいけない。食べられそうな皮一枚を思い切って剥く。すると、歯触りの優しい、美味しい酢漬けになる。幼児の記憶は、ありがたく、今でも、どこまでが皮か、どこから食べるところか、見分けがつく。
 さて、絵本や小学生新聞を手がけている手前、最近はてっきり、児童俳句の専門家になってしまった。先日も、3〜5才の子を相手に「はじめての俳句教室」をする。俳句は難しい。季語どころではない。575から大変だ。たとえば、この「らっきょう」。促音や拗音をしらない幼児は「らきう」と書く。もう少し年上になって、マス目を切った紙に書かせたら「ら・っ・き・ょ・う」と書き、五文字=五音と感じる。原稿用紙の使いかたは音数を規準に、促音は一マス、拗音は、濁点や半濁点と同じ感覚で、小さい字も大きい字と一緒に一マスに入れて書くというルールに学校教育は変えたら、どうだろう。言葉のリズムはそういうところから培われる。

(塩見恵介、「船団の会」副代表)


2015年6月7日

グレープフルーツの花

 山なのに谷。都会から少し離れた山手に窪んだ土地がある。女あるじは、その窪みに建つ大きな洋館に暮らしている。鬱蒼とした木々に囲まれたその家は百年前の風が吹く。その日、どこからか来る甘美な香りに昆虫も人も引き寄せられた。三十年前、子どもが食べた果実の種が地につき、やがて庭の大樹となった。白い花が咲き満ちたグレープフルーツの木。芳香の中にいると、グレープフルーツの木を見上げているのか見下ろしているのかわからなくなった。ドアの外だったのか内だったのか。山だったのか谷だったのか。

(小西雅子、「船団の会」会務委員)


2015年5月31日

さくらんぼ

 娘たちが通う小学校では、毎年5月、集団登校の班で、地域を2時間ほどかけてぐるぐると回り、近所の公園でお弁当を食べて帰るという行事をしている。今年も例年通り行われた日の夕食時、食卓で次女が話し始めた。
 「あんな、○○さんがな、お箸を忘れてんけどな、さくらんぼの枝みたいなところがあるやろ。あれでな、おかずつまんで食べててん。ちょっとつかみにくそうにしてたわ。」
 噴き出す私と長女の姿を不思議そうに見つめながら、次女の話はそれで終了。さくらんぼの枝(みたいなところ)で弁当を食べる子と、それを日常生活のワンシーンとして受け止める周囲の子どもたち。
 案外、日本の未来は愉快かもしれない。

(工藤 惠、「船団の会」会務委員)


2015年5月24日

冷奴(ひややっこ)

 不眠症患者にとって、夢は唯一の眠りの証しである。それゆえに、その夢はたとえ苦しい夢であっても貴重な贈り物なのだ。悶々と眠られぬ夜を寝床で反転を繰り返す不眠症患者にとって、一片の夢ほど苦くかつ美味なるものはない。
 だから、冷奴という、あのぶよぶよとして箸に止まらず、掬いようがなく、愚かしく、得体のしれない、そして口に優しい、実に不思議な食べものは、そんな不眠症患者の夢から造られるのだという説を、ぼくは信じているのだ。

(木村和也、「船団の会」会務委員)


2015年5月17日

青梅(あおうめ)

 田舎の我が家に梅の木があり、子どもの頃、梅の収穫を手伝った。父は青梅で梅酒を作った。夏の暑い日、母は梅酒を水で薄め、砂糖を少し入れてジュース替わりに飲ませてくれた。
 高校3年生の時、友達数人が遊びに来て客間に通した。客間の棚にはウイスキーの瓶がずらっと並んでいた。興味を持った友人が真ん中辺りの瓶を開けると、中は梅酒だった。氷で割ってみんなで飲んだ。結局、1本の瓶が空になり、そのまま棚に戻しておいた。
 大学生になり、今頃の季節に父から手紙が届いた。前半は下宿生活の様子を伺う内容だったが、後半は怒りだった。父は、年ごとに作った梅酒をウイスキーの瓶に入れ、毎年その味を飲み比べていたらしいが、途中の一年分が全く空とのこと。
 この季節、ロックで梅酒を飲みたくなる。

(岡 清秀、「船団の会」会務委員)


2015年5月10日

花火(はなび)

 又吉直樹氏の小説「火花」は、熱海の花火大会でのシーンから始まる。そして、作品の中にちりばめられているエピソードは、どれも可笑しくて哀しい。貧乏な姉が紙のピアノで練習していて、教室でピアノの電源を入れることを知らなかった、といったようなオチのある挿話の数々は、漫才ネタになりそうだ。売れない先輩芸人神谷が売り込みのために巨乳になる話などは、漫才で聞くと大笑いしそうだ。しかし、読み終えると、そこはかとなく哀しみがある。 これって、花火と一緒だな、と印象的な冒頭シーンを思い出してしまった。
 花火も華やかな反面、一瞬が過ぎると切なさを与えてくれる。笑いと哀しみは、花火のように、人生においても表裏一体なのかもしれない、と感じてしまった。

(衛藤夏子、「船団の会」会務委員)


2015年5月3日

立夏(りっか)

 今年の夏立つ日は、5月6日。振替休日、ゴールデンウイーク最終日だ。
 私は、翌日からまた300人の小学生に囲まれた生活になる。
 夏はこどもたちの天下だ。夏の暑さを、ものともしない子どもたちに囲まれて いると、なんだか不思議な感覚におちいるときがある。ここはどこなの か、い まはいつなのか……、たぶん子どもワールドにはまっている瞬間なのだろう。 ちょっとした異次元空間。キラキラと夏の光がまぶしいなか、一等 まぶしいの は子どもの顔だ、と実感しながら夏が過ぎてゆく。

(朝倉晴美、「船団の会」会務委員)


2015年4月26日

鰆(さわら)

 「鰆を食べるときいつも魔女のことを思うの」寿司屋のカウンターで、隣から女の声が聞こえた。「魔女?」連れ合いの男が聞き返したが、男がそれを言い切る前に二人の間に鰆の焼霜が置かれた。女はすぐさま一切れ口に入れ、ゆっくりと咀嚼した。僕はグラスに瓶ビールを継ぎ足し、そ知らぬふりで女が答えるのを待った。鰆を飲み込み、冷酒をすすると女が口を開いた。「炙った皮の香ばしさも、濃厚な白身のこの味も、柚子胡椒で食べたときの刺激も、どれもこれもみんなあたしには魔女なのよ」頬杖をつき、視線をカウンターに流すようにして女は話した。「魔女なの」もう一度女が呟いたとき店のドアが開き、中年夫婦と一緒に風が入り込んできた。風は夜になり強くなってきたらしい。四月が今終わろうとしている。

(山本皓平、「船団の会」会務委員)


2015年4月19日

春の日

 晴れた日の一日を路線バスやローカル電車で近隣の終点まで行くのが好きだ。着いたら その辺をのんびり歩いてただ帰るだけの気軽な時間を過ごす。今の時期その車窓から眺め る山は季語の「山笑う」にぴったりで素敵。先日行った京阪交野線の終点はそんな山や田畑 の風景が心地よかった。何気ない道すがらの川の名前(天野川)も不思議に新鮮。そして瑞 瑞しい筍などが並ぶ露店にも出会えた。終点の町、知らない町のそよ風の感触、ハコベ、カ ラスノエンドウ、クローバー、水に映る木の影、不意に匂う石蹴りをして遊んだ子供の頃のこ と。いつのまにかちょっとした春の日の一人旅という感じになる。

(藪ノ内君代、「船団の会」会務委員)


2015年4月12日

鞦韆(しゅうせん)(ふらここ・ぶらんこ)

 「わたしはブランコです」という作文がみつかった。小学校二年生の時の担任、中川たつ先生の「ほんとうのブランコになりきっていますね」の朱の万年筆のコメントが嬉しい。原稿用紙の真ん中の折り目の辺りが、セピア色に変色しかけている。
 「いつか必ず死ぬのに、今生きる意味がわからない」とつぶやいたのは繭籠り(不登校)のK君。スクールカウンセラーの友人が立ちあげた塾で出会った14歳の男の子だ。8歳の私がブランコになりきれたのだから、今の私が14歳の彼の気持ちに寄り添えないはずはないはず……。誰もいない公園のブランコに久し振りに乗ってみよう、と思う。黒沢明監督の映画「生きる」の主人公が、つぶやくように歌った「ゴンドラの唄」がふっと頭を過る。

(村上栄子、「船団の会」会務委員)


2015年4月5日

落花(らっか)

 高校の古文の時間に花と言えば桜のことだと習ったとき誰もが桜愛好家であるような理不尽さを感じた。大学へ向かう大通りにも見事な桜並木があったけど、きれいだと素直に思うことに抵抗があり、俗な花だと背を向けることでカッコつけていた。今は桜を見るとあと何回見られるのだろうと、咲くのを心待ちにし、また散り急ぐ花を惜しむ気持ちが湧いてくる。病床の露伴に近所の子どもが桜の枝を折って見せに来るくだりが幸田文の随筆にあったけど、寝たきりの老人の慰みに桜の枝を持ってくる子どもの優しさをしみじみ思うのだ。東京の桜も散り始めた。今年の花も終わりと思うと、落花の美しさに心を奪われつつ、まだ散ってくれるなと気が揉める。

(三宅やよい、「船団の会」副代表)


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