2015年12月27日

除夜詣(じょやもうで)

 毎年、紅白歌合戦の結果発表の前に身支度を整えて近所の神社へ参詣に行く準備をする。紅白を見終えていくと人が増えてきて道路まではみだした列の後ろにつくはめになるが、このあたりで家を出ると境内で待つことができる。近所の寺で突き始めた除夜の鐘を聞きながらしんしん冷える夜道を行く。12時きっかりに賑やかなお神楽とともに獅子が舞い始める。破魔矢やおみくじを売るテントに明かりがともり、並ぶ人達もにこにこ正月顔になる。神楽殿の前にはいくつものブリキ缶に焚火があかあかと火の粉を散らし、近所の人が紙コップに入れた甘酒をふまってくれる。この地に来て十数回除夜詣を重ねているが、雨にふられたことがないな、この夜は。

(三宅やよい、「船団の会」副代表)


2015年12月20日

闇汁(やみじる)

 「色の秘密」(野村順一著)によると、ある実験で、目隠しをして鼻を固くつまみ、林檎の銘柄を当てもらうといういかさまテストをしたところ、実際にはジャガイモを渡されて食べたにもかかわらず「これは○○林檎」と答えたそうである。ではなぜそうなったのか。五感の働きの率である。味覚1%、臭覚2%、触覚3%、聴覚7%そして視覚が87%。つまり、視覚が大きく作用しているのである。ちなみに目隠しをして鼻を固くつまんで、赤ワインを飲むと食酢に、牛肉スープを飲むと塩を入れたぬるま湯に感じてしまうそうである。この伝でいくと、闇汁をして鼻をつまんだら、ザリガニがおお化けして伊勢海老に感じてしまうかも。

(長谷川博、「船団の会」会務委員)


2015年12月13日

火恋し(ひこいし)

 解体している木造校舎に寄り、適当な廃材をもらって帰る。夕方になると、飼い犬とともに風呂の焚き口に座り、その木片を焚きつけにしてマッチを擦る。燠は火箸で挟んで一斗缶に入れ、消し炭にした。犬は時々一斗缶に鼻から近づき、その都度キャンと鳴いた。消し炭は朝、七輪にいれ、その上でパンを焼く。以上は、1971年生まれの私の、小学生時代の日常である。
 12の年に、風呂はガスで沸かすことになり、パンはトースターで焼くことになった。風呂は板を踏まずに入れる、バターをつけて焼けるパンはこんなにうまい。王様の生活になったと思った。こんなことを思い出したのは、最近、家内の要望により、我が家もようやくコンロからIHにしたためである。家内の機嫌はすこぶるいいが、私は炙って食べていた朝飯の海苔に、少々郷愁を覚えている。

(塩見恵介、「船団の会」副代表)


2015年12月6日

綿虫(わたむし)

 湖東三山へ旅した日、ふいに両の手でさっと空気を掴み、「ほら綿虫!」と手を広げて見せてくれた。言葉は知っていたが初めて見たのだった。
 彼女は親やご主人を見送り、子どもを独立させ、独り暮らしを楽しまれていた。小柄だが背筋をぴんと伸ばし、自分をしっかり持った美しい人で、こんなふうに年を重ねられたらいいなと思わせる人だった。ひと回りほど年上で六年ほど続いたお付き合いだったが、「これ以上老いてゆく姿をあまり見せたくないの。いい思い出だけを残したい」。そう言って、一切のお付き合いを拒まれた。だからその後の彼女を知らない。その気で見れば我が家の辺りでも綿虫を見かける。そしてふっと彼女を思う。

(陽山道子、「船団の会」会務委員)


2015年11月29日

冬ざれ(ふゆざれ)

 手元に一冊の写真集がある。『世界の廃墟』。世界遺産に登録される前の端島(軍艦島)も載っている。人間の生活の匂いがきれいに拭い去られてしまった光景というのは、凄まじく美しい。
 写真集の冒頭にキャプションが付けられている。「新しい時代はいつも無数の廃墟から始まる」。

(木村和也、「船団の会」会務委員)


2015年11月22日

納豆(なっとう)

 「たいがいにしときや」。大阪・天王寺近くにある寺の、ある朝。住職が起きると、境内はブルーシートだらけ。住職は路上生活者に「出て行って」ではなく、こう告げたとのこと。鷲田清一さんの折々のことばから。「大概にする」。広辞苑には「ほどほどにする。いいかげんなところでやめておく。」と説明される。双方それぞれ事情があるときの、これが潮と見定めた上で発せられた、人間くさい言葉と感じる。そういえば、「人間くさい人」がうまくいく、とは、先月18日東京都内で開かれた「未来メディア塾2015」の基調講演の要旨。
 ふっと、くるくるくると納豆を混ぜていた昭和の朝のテーブルが浮かぶ。父も母も姉も私も、うんと人間くさかったなあ。あの頃。今、納豆を食べながらしみじみと思い出している。

(村上栄子、「船団の会」会務委員)


2015年11月15日

白鳥(はくちょう)

 初冬の暖かい日差しを浴びながら、万博記念公園の自然文化園を歩き、野鳥の森に囲まれた「水鳥の池」まで来た。以前ここには白鳥のカップルが定住していた。私はかってに、その番鳥に「タロウ。ハナコ」と名前を付けて、散歩の折に足を伸ばし白鳥に会いに行っていた。姿が見えない時は「タロウ、タロウちゃん〜。」と大きな声で呼ぶと、翼を広げ水しぶきをあげて水面を滑走し、私の居る水辺まで来て番鳥でくるくる泳いでくれるようになった。私はフェンス越しに「元気だった?おりこうね〜。」と言って写真を撮るのを楽しんだ。帰省した息子はその様子を見て「すごいね。お母さんの声が分かるんだね」と言い、「破鐘みたいな声で呼ばれると出て来ない訳にはいかんだろう」と夫。いつしかハナコがいなくなり、数年してタロウもどうしたのかいなくなって久しい。今は静寂の中で鴨達がのんびりと遊んでいる。さて、私達も日本庭園を一周しましょうか。

(鶴濱節子、「船団の会」会務委員)


2015年11月 8日

大根(だいこん)

 日曜日、子ども逹はそれぞれに家の大根引きを手伝い、翌日、集団登校の場所に大根を一個持ち寄る。傷ついた直径10cm位の丸大根。小学生の時の話。
 小学校は、約2km下った山裾にあった。山道を、自分の大根を蹴りながら下って行く。途中、割れると、破片の大きい方を蹴り続ける。谷に落とさず、削れて小さくなっても、蹴ることのできる大きさで、何処まで下れるかが勝負。
 そう言えば、最近話題のラグビー、南国の島では子ども逹がカボチャをパスして練習をし、選手になる子もいるとか。残念ながら、私の村からサッカー選手はいまだに出ていない。

(岡 清秀、「船団の会」会務委員)


2015年11月 1日

夜長(よなが)

 神戸は日本のジャズ発祥の地である。ので、春、秋のいい季節には毎週末どこかでジャズの有料・無料のライブがある。10月上旬の夕方、そのうちのひとつ、元町朝日ビルディング・ホールでの無料ライブを聴きに行った。甲南大学、関西学院大学などのビッグバンドが出演していた。
 家に帰って、日本の高校、大学、社会人のアマチュアビッグバンドの数は世界一なのではないだろうか。てなことを考えながら、ビッグバンドのCDをアテにウイスキーをなめている夜長でありました。

(早瀬淳一、「船団の会」会務委員)


2015年10月25日

熟柿(じゅくし)

 それぞれの仕事の悩みに言葉触れず
    給料ふたつ無造作に合わす    佐々木史子

 働くことは、泥臭い。トイレを我慢して問い合わせに応え、目的のために理不尽な上司に頭を下げ、急ぎの仕事と人材育成の両立を求められて変な汗をかく。自分には見えない人事考課によって組織が私に与えてきた職制は、さらに遠くへ続く地平線を提示するだけだ。
 久しぶりに残業のない日。夕食後、柿でも食べようと取りだすと、それは完熟トマトのような様相を呈していた。熟柿は皮が剥きにくく、汁がしたたり落ちるので、剥いた端からかぶりつかなきゃいけない。なかなか簡単には食べさせてはくれないけれど、でも、一口食べると、柿の味がしっかりして、とても甘くて、瑞々しい。
 私も、この柿のようでありたい…そんなことを考えた夜だった。

(工藤 惠、「船団の会」会務委員)


2015年10月18日

障子貼る(しょうじはる)

 ドバイからお客様が来た。「ドバイの首都を知っていますか」とそのお客様に聞かれ、中東あたりの都市を手当たり次第言ってみた。当たらない。すると「ドバイは一つの国ではありません。アラブ首長国連邦のひとつです」と客は笑った。あらま。ドバイといえば映画にもなった超高層タワーと金の自動販売機があることくらいしか知らない。そういえばこの人、トムクルーズに似ている。4歳の女の子連れである。この子がまたツワモノであった。我が家は座敷、仏間、次の間と連なっていてけっこう走れる。もはやこの子の行動はおとなの視界に追いつかない。とうとうバランスを失い障子に手をつっこんでしまった。「ちょうど張り替えようと思っていましたから」と一応トムクルーズに真顔で言っておく。

(小西雅子、「船団の会」会務委員)


2015年10月11日

萩の花(はぎのはな)

 明治の歌人与謝野鉄幹は女性礼讃家で、親しい女弟子に白い花の名前をつけて呼んだ。山川登美子(白百合)、増田雅子(白梅)、玉野いと子(白菫)などで、後に妻となる鳳晶子には白萩だった。
 「みだれ髪」に代表される情熱の歌人晶子のイメージが地味で清楚な萩の花に合わないなあ、と思った。だが、萩の花は生命力が強く、充分な水や肥料がなくても育つ逞しい花だと知った時、結婚後、貧困の中、十三人の子供を育てた晶子と重なった。
 なるほど、鉄幹先生は見抜いていたのかな。それ以来、萩の花を見つけると、その可憐さだけでなく、地下にある凛とした生命力の強さにも思いを馳せ、愛しく思えてしまうようになった。

(衛藤夏子、「船団の会」会務委員)


2015年10月4日

秋の空(あきのそら)

 図書館のすぐそばにある公園のベンチに座っていたら、幼い男子達のかくれんぼが始まった。幼稚園の年長さんと小学一年生位に見える三人組だ。そのうちの二人の雰囲気は兄弟 のような感じ。公園は銀杏の木や欅が枝を広げ、時折、ベビーカーの赤ちゃんや老若男女がゆっくり横切っていく。かくれんぼに夢中の三人は、小さな幼稚園さんが木に顔をくっ付けるよ うにして可憐な声で「もういいかい」を早口で繰り返し、他の二人は「まあだだよ」を連呼しながら隠れる場所を必死に探し回っている。気持ちの良い秋空の午後。目の前のかくれんぼを眺 めていると、そのまっすぐなあどけない一生懸命さに、なにやらちょっと胸が熱くなった。

(藪ノ内君代、「船団の会」会務委員)


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