2016年3月27日

新学期(しんがっき)

 シルバーグレイの髪に眼鏡をかけ恰幅のいいT先生は、生徒たちが真面目に授業を聞かないと、手にした竹の根で出来た鞭を自分の教卓にビシッと打ち付け「無礼者!」といって叱った。見た目は素敵だと思っていたが、化学の苦手な私は少し怖かった。
 ある日、「そろそろ家庭訪問だけど、何軒も廻っているとお茶とお菓子の接待が苦痛で、つい水を頼む。その水を飲み干すとコップに水滴がついているのが気になり、美味しさが半減してしまう。汚れたコップだからだ。」と言われた。50年余り経った今でも、化学の授業で他の何を習ったか覚えていないが、この言葉だけは私の心を捉えて離れない。「水滴のつかないコップ」は私の暮らしの基礎になった。
(陽山道子、「船団の会」会務委員)

2016年3月20日

花曇り(はなぐもり)、養花天(ようかてん)

 愛媛県松山市の山裾に、山頭火の終焉の地である一草庵がある。今も古老たちが不遇の俳人の位牌を守っていて、親切にお茶を接待してくれる。仏壇前の線香から立ち上る煙が、まだ冷たさの残る大気にゆらりと吸われていく。この地のあたたかな人たちの情が、やがて来る桜の季節を静かに養っているような思いがする。
(木村和也、「船団の会」会務委員)


2016年3月13日

石鹸玉(しゃぼんだま)

 うららかな死よその節はありがとう  新子
 『じんとくる手紙』(時実新子著)より。 軽やかなタッチ、ユーモアのセンスで書かれた「少々の注文を」からの一句。表紙裏の一句がまた、いい。「じんとくる手紙をくれたろくでなし」。

 「お呼びじゃない?こりゃまた失礼しました!」「シャボン玉ホリデー」の植木等のギャグ。
 「この世があまりにカラフルだから、ぼくらはいつも迷っている。」森絵都著『カラフル』より。

 浮かんでは消える泡沫のように、石鹸玉からの連想は限がない。と、シャボン玉で遊んでいた子どもたち。「あっ飲んでもた!」「あっほやなあ。吸うんちゃうねん。吹くんやねん。」日の光をうけて虹色の石鹸玉。ゆるやかに春の川が流れていた。

(村上栄子、「船団の会」会務委員)


2016年3月6日

磯遊び(いそあそび)

 春になって暖かくなると海の好きな父は母と私を磯遊びに連れて行った。干潮の時だけ姿を現す岩場や無人の小さな島にも渡った。そこには子供の心を動かす珍しい海中生物がいて、わくわくしたり、ドキドキしながらイソギンチャク、ヤドカリ、カニ等々と夢中で遊んだ。しかしその中には私の苦手な船虫やヒトデ、ウミウシ等もいた。長い年月を経た今は、苦手だったそれらが妙に懐かしい。ことにウミウシに心ひかれるのはなぜだろう。なんとも不思議な気持ち。グレート・バリア・リーフや沖縄の海でシュノーケリングをして家族で楽しんだ事があるが、私の海での遊びの原点は磯遊びにつきる。いつか子供も大人も無邪気に楽しめる磯遊びに行き、ウミウシさんにお会いしたいと願っている。

(鶴濱節子、「船団の会」会務委員)


2016年2月28日

春愁(しゅんしゅう)

 彼女はなぜ居残ったのだろう。
 私の実家は、兵庫県北部の鉢伏高原の麓で民宿をしている。大学4年の時、卒業研究も終わり、ゼミの先生と仲間が最後の旅行をかねて私の実家にスキーに来た。私たちのゼミは女性が一人だった。それで、別のゼミではあったが、その女性の友人の彼女が参加した。春一番が吹き、スキーシーズンが終わる頃であったが、二泊三日を楽しんだ。みんなが帰るとき、彼女は独り居残ると言う。私はゼミ仲間と一緒に行動し、下宿に帰った。スキー客のいない実家で、彼女は特にスキーをすることもなく、ときどき家事を手伝いながら客室の一室を自室とした。出稼ぎ先から休暇で帰った父の酒の相手もしたらしい。約1ヶ月が経ち、雪は解け、私が下宿を引き払い帰ると彼女は居なかった。
 彼女はなぜ居残っていたのだろう。

(岡 清秀、「船団の会」会務委員)


2016年2月21日

菠薐草(ほうれんそう)

 20代の人が重いモノを持ち上げるとき、「よっこいしょーいち」と言うので、アレッと思い聞いてみると、やはり父親が時々そう言うとのこと。そこで、昔の「ギャグ」の話題になった。「あたりまえだのクラッカー」、「責任者出て来いっ!」、「お〜ま〜え〜は〜あ〜ほ〜か〜」とかあったなあ。「おそれいりやの鬼子母神」なんてのもあった。でも65歳くらいの人が言った「1、2、3、4、ごくろーさん、6、7、はっきり、くっきり、とーしばさん」というのは、ほかの誰も知らなかった。菠薐草とカキのバター炒めをアテに熱燗を差しつ差されつ、ひとしきり盛り上がった。文中、わからないギャグについては、若い読者は周りの年配の人に聞いてください。

(早瀬淳一、「船団の会」会務委員)


2016年2月14日

バレンタインデー(2016年2月14日)

交際の申込及びそれに伴うデートの実施について(依頼)
 平素は大変お世話になり、厚くお礼申し上げます。
 標題の件につきまして、約一年前から、貴殿のことを好きになったことに伴い、最近は夜も眠れないほど思い詰めることが多くなってきております。
 ついては、今後の自分の幸せのため、貴殿に対し交際の申込を行うこととし、第1回目のデートを下記のとおり実施いたしますので、よろしくお願いいたします。
 なお、ご都合が悪い場合は、私の携帯あて、ご一報ください。
 (以下略)
 職場でよく作成する役所風送付文を恋文に応用してみました。いかがでしょうか。著作権はありませんので、必要な方は遠慮なく文例をお使いください。
(工藤 惠、「船団の会」会務委員)


2016年2月7日

春のめだか(はるのめだか)

 めだかは夏の季語である。と今、電子辞書で確かめた。春、めだかは冬眠から目覚め、活動をはじめる時期。中には体力の低下しためだかもいる。春のめだか鉢は、めだかに充分気を遣ってメンテナンスしよう。と今、検索したホームページ「めだかの飼育」で確かめた。
 「春のめだか雛の足あと山椒の実それらのもののひとつかわが子」は、子どもを残して31歳で亡くなった中条ふみ子の歌。  春は小さなものが愛おしくなる。ビーズの指輪、訂正印、デミタスカップ、ストラップについている不要な鈴。

(小西雅子、「船団の会」会務委員)


2016年1月31日

雪山(ゆきやま)

 映画が好きで、落語が好き。だから、名作映画を下敷きに古典落語を融合させた志らく師匠のシネマ落語も好きです。「シャイニング」というホラー映画に鰍沢(かじかざわ)という落語ネタを合わせたシネマ落語では、ホラーが笑いへと展開されていきます。
 舞台は雪山。映画ではジャックニコルソン演じる小説家が、ホテルの管理人として雪山で過ごすうちに幽霊によって、狂気へと。シネマ落語では、噺家の林家正吉が過ごす鰍沢で花魁の霊にそそのかされ、狂気へと。ジャック二コルソンは凍ったまま狂気の現場で発見され怖いですが、正吉は「凍ってんだよ」と氷の中から飛び出し、笑いで幕という話。どうやら雪山は幽霊がでやすいようで……。

(衛藤夏子、「船団の会」会務委員)


2016年1月24日

冬芽(ふゆめ)

 関西弁で日常的に使う「風邪ひいたらあかんよ」の「あかん」は京都の上賀茂神社で生まれたらしい。以前に新聞で読んだ時は神社との組み合わせにちょっと意外な感じがした。「埒が明かぬ」の「明かぬ」が「あかん」になったらしい。この否定形の反対「埒が明く」になると夜明けのような何かわくわく感がある。思えば「明けましておめでとう」には新しい明るい気分がいっぱいだ。そんな新しい一年が始まって早くも立春が近い。いつまでも正月気分はあかんよ!だなあ……。いい天気の日に歩いていたら近所の桜の枝先に、かわいい冬芽がいっぱい付いていた。ちなみに「冬芽がいっぱい」の「いっぱい」を私の故郷では「ずんばい」という。

(藪ノ内君代、「船団の会」会務委員)


2016年1月17日

成人式(せいじんしき)

 今年は、クラシックな柄のお振袖が多かった気がします。これまた古典回帰?髪型も、モリモリならぬ盛り盛りのお嬢さんもおられたものの、わりと 大人しめの方も。
 毎年、ファッションを見るのが楽しみな成人式の模様ですが(男性ファッションには興味なしだけど)、今年は友人のお嬢さんたちが20歳を迎えた こともあって、泣けてくる私でした。
 なんと、全く知らぬ他人のお嬢さんの姿でも泣けてきてしまう始末!これは、もしや老化現象?涙腺の劣化?いやいや、これは、ふた回り理論だ!と言いはる私。
 ふた回り理論とは、24歳以上下の者に対して、人は無条件に可愛がれる、というもの。部下しかり、教え子しかり、だそう。確かに。もっと若いこ ろは、「あんな着物、着ないよね〜」など口悪く申してたのに、今は、どのお嬢さんもみんなかわいい!成人式おめでとう!!

(朝倉晴美、「船団の会」会務委員)


2016年1月10日

ホットブランデー(ほっとぶらんでー)

 彼が死んだのは去年の12月30日だった。正確にいうと、山形県の海岸に打ち上げられているところを発見されたのがその日だった。
 彼とは近くのバーで二、三度顔を合わせた程度で、特別親しいというわけでもなかった。いつもブランデーの湯割りを数杯、それで彼が姿勢を崩したところを僕は見たことがなかった。
 「ブランデーなんてな、今どきまったく流行らねえ酒なんだよ。でも何かに似た味なんだよ。それが何なのかわかりそうでいつもわからねんだよな」彼がそんな風に話しかけてきたことがあった。僕にはまるでわからなかった。
  僕は今、ブランデーの湯割りを飲んでいる。何にも似てない、お湯で割られたブランデーの味だ。体が温まった気にならないのはたぶん気のせいだろう。

(山本皓平、「船団の会」会務委員)


2016年1月3日

凧揚(たこあげ)

 「三河女と空っ風」という言葉がかつて住んでいた地方にあった。そんな土地は凧揚げにもってこいだ。お正月には特大の角凧を持って広い田圃へ出かけるのがよい。弟に凧を持ち上げさせ、私は凧糸を持って走り出す。ある程度上がればこっちのもので、上空のさらなる強風に乗った時には怖ろしいほど高く揚がった。凧糸を結んで継ぎ足し継ぎ足し、仕舞いには凧が点のように見える。そのビーンと張った糸の手応えが重い。
 今やドローンの時代となった。糸はもう無い。

(藤井なお子、「船団の会」会務委員)


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