2017年 6月25日

白靴(しろぐつ)

 今年は空梅雨なのか、午后の日差しはもう真夏のようだ。女性たちの足元も黒っぽいパンプスから軽めのサンダルへと移行しつつある。そういえば夏の季語で「白靴」なんてあるけどサンダルはない。もう白靴なんて時代じゃないなぁ。軽やかな少女のサンダルを眺めながらぼんやり思った。それこそ半世紀ほど前、私が通っていた女子高では水色の夏服になると同時に白靴に履き替えた。お転婆だった私は履き方が雑ですぐに白靴を汚して台無しにしてしまう。朝礼で並ばされると回りの生徒に比べわたしの靴のよれ具合は一目瞭然だった。誰よりも汚れた白靴で登校する鬱陶しさ!あの頃この少女のようにTシャツにサンダルで通学できたら楽しかったろうに。
(三宅やよい、「船団の会」副代表)


2017年 6月18日

青梅雨(あおつゆ)

 私の家の前には市立の幼稚園と保育所が並んで建っていて、どちらにも数本の桜の樹がある。終わりの時間(お迎えの時間)は、幼稚園は2時に決められているが、保育所は4時から7時と親の都合による。だから雨の日の2時は、幼稚園の門の周辺がお母さんたちの色とりどりの傘で溢れて、ぴちぴちちゃぷちゃぷらんらんらん。。そして夕方になると、勤務を終えたお母さんが一人二人と傘を畳んで保育所の玄関に入って行く。こんな雨の日の樹々も、子供たちの原風景になるのだろう。
(藤井なお子、「船団の会」会務委員)


2017年 6月11日

雷(かみなり)

 レストランで娘や孫(男)と4人で夕食をしていた。肉、肉とかぶりついていた手が突然止まり目は窓の外に釘づけ。山手の方の暗闇に稲光が走っている。さすが中学生ともなると騒ぎはしないが顔が強張っている。「今のはすごいね!どっかに落ちたみたい」とわたし。「ああ・・・」と息を呑んでいる孫。いきなりゴロゴロと音も鳴りはじめた。
 小さい時から稲光や雷が鳴りだすと一目散に家に駆け込み耳を塞いでいたが、まだ克服してなさそうだ。地震、雷、火事、親父と怖い物の代表として言い継がれてきたが、地震と火事はわたしも怖い。
(陽山道子、「船団の会」会務委員)


2017年 6月4日

六月の風

 「六月を奇麗な風の吹くことよ」正岡子規。五月下旬、神戸ハーバーランド・モザイクで、大学生主催の「神戸ジャズクルーズ」というイベントに行った。午後、クーラーボックスに入れていた缶ビールを飲みながら、次々と出てくる学生のバンドを聴いていると、それこそ子規の書いた「奇麗な風」がひゅーひゅーと吹いてくる。子規がこの句を書いたのはカリエス発病後だろうか。短い一生の中の宝石のような時間を、彼はそのとき過ごしていた。

(早瀬淳一、「船団の会」会務委員)


2017年 5月28日

夏(なつ)

 ヨットが浮かんでいる。ここはスウェーデン。湖畔には、上半身裸の人々が寝そべっている。体の芯まで太陽の光が届くように、日光浴を楽しんでいる。
 外に出ることも少なく、寒く、暗い長い冬を過ごす。人々にとっては待ちにまった夏。北欧の人はこの時期、人前で肌を出すことに少しの抵抗もない。
 今、友人のサマーハウスにいる。サマーハウスは簡素で素朴な小屋のような建物で、多くの人が長い夏休みをここで過ごす。自然の空気が充満する。スウェーデンは国土の半分を森林におおわれている。
 そろそろ一緒に摘んだブルーベリーのケーキが焼けるころ。口の中は北欧の森の香りであふれる。澄んだ空と湖。
 ヨットをてのひらにのせて、しばらく湖畔の夏につつまれる。

(田 彰子、「船団の会」会務委員)


2017年 5月21日

蜜柑の花(みかんのはな)

 今朝は初めての小道を歩いてみようと思いずんずん歩いていると、ふんわりとした甘い香りが漂って来た。見回すと2本の蜜柑の木に花が咲き誇っている。何度も深呼吸をして身体の隅々まで香りを取り込んだ。全身が浄化された気分だ。清々しい。誰も歩いていなかったので「みかんの花咲く丘」を小さい声で口ずさんでみた。
 遠い昔、母がたくさんの童謡を教えてくれた。その中で「みかんの花咲く丘」は好きで、よく歌っていた事が蘇る。因みに蜜柑の花咲く丘に行った事がない。来年あたり、瀬戸内海の小島か、夏目漱石の「草枕」に描かれている玉名市天水町小天地区の草枕温泉に一度行って、蜜柑の花の咲く丘に佇み、ぼんやりと海を見ていたい。
 あっ、来年の事を言うと鬼が笑うかしら? 

(鶴濱節子、「船団の会」会務委員)


2017年 5月14日

明け易し(あけやすし)

 家人が寝てから、原稿書きなど私的時間を過ごす生活が続いている。先日も朝日小学生新聞の季語紹介でTシャツの季語を紹介し「撃つならば撃てとTシャツ干されたる」の自句を例句に挙げたが「時節柄」の理由で差し替えを依頼された。Tシャツにはもう一句自信作があって「Tシャツの袖は半島力こぶ」もあるが、たぶんさらに「自主規制」の句だろう。夜中にせっせと俳句を作り直そうとするが良い句が思いつかない。そうだ、と思いiPhoneのSiriを相手に声を掛ける。かつて「お話をして」と頼むとSiriを主人公にウィットに富んだ話をしてくれた。「短歌を詠んで」とたのむとさまざまな百人一首を紹介する。
 だから今回は禁断の「俳句を詠んで」と声を掛ける。即座に返ってきた答えは「俳句など詠めはしませんあしからず」の五七五。何度頼んでも「iPhoneを取ってくれろと泣く子かな」とか「さまざまなこと思い出すiPhoneかな・・・うーん字余りですねえ!」とか・・・完全にふざけている。Siriは世界中の言語に対応する人工知能。俳句だけこれだけふざけてお遊び感覚で作ったプログラム作成者に、少し感嘆している間に夜が明けている。

(塩見恵介、「船団の会」副代表)


2017年 5月7日

エンドウ

 遠藤さんか、はたまたENDか。「えんどぅもうすぐやなあ」と父が言う。「う」があるのかないのか。幼い頃はそれがどうしたという感じであった。畑に小さな白い花が並んで咲いているなあと思っていると、あっという間に莢ができる。
 今は連れ合いがエンドウを作る。サヤエンドウ、スナップエンドウ。莢が膨らむと大急ぎで畑に走り、採り、すぐに茹でる。甘い。ビールにも日本酒にも隣には遠藤さんがいる。END

(小西雅子、「船団の会」会務委員)


2017年 4月30日

ゴールデンウィーク

 神戸ワイン城で友達家族と合流し、ランチはバーベキュー。夕方までのんびり過ごし、ビンゴ大会に参加した後、神戸市営地下鉄西神中央駅前の居酒屋まで引き返し、カラオケが設置されている個室で食事をしながら歌って帰るのが、ここ数年のゴールデンウィークのとある一日の恒例行事。
 昼間からバーベキューをしながら、お酒を飲み、芝生の上でうたた寝をして過ごす無為な時間。昨年は、そんな時間にビンゴ大会での景品、神戸ワイン6本をいただくというおまけまでついてきたのだから、もちろん、今年も行くしかないでしょ。

(工藤 惠、「船団の会」会務委員)


2017年 4月23日

麦秋(ばくしゅう)

 まる裸が似合う人は、ほんとうに美しい人だ。そして、まる裸が最も似合う季節は麦秋である。麦の穂の高みをゆらして渡る風の中に、痛ましいほどに傷つきやすい裸身を置いてみたい気がする。昔、若い詩人が丸善の洋書の山の中にそっと檸檬を置いたように。
 その時、裸身は檸檬のように、一個の爆発的な情熱を内蔵するだろう。

(木村和也、「船団の会」会務委員)


2017年 4月16日

山笑う(やまわらう)

 毎朝娘を駅まで車で送る。道沿いには様々な樹々があり、春は梅に始まり、木蓮、辛夷、ミモザが咲き、今は桜が満開。今年の桜は開花が例年より遅かったけれど、花冷えもあり、長く楽しませてくれている。霊園の桜、甲南高校の桜を眺め、有馬へ繋がる県道に突き当たって信号待ちをしていると眼の前に鷹尾山が迫る。ぽっ、ぽっと山桜が目に入る。そのぽっ、ぽっが日毎に増えていく。
 期待と不安の新学期、緊張感と入れ替わるように疲労感が増してくるけれど、山桜のピンク色が増していくのを見ていると、嬉しくなってくる。高校2年生になった娘は親しい友達とクラスが離れて落ち込んでいたが、少しずつ新しい環境に馴染んできたようだ。保育園の送迎から始まり、ずっと続いてきた朝のドライブだが、いつまで続くのだろうか。川沿いの下り坂の花水木もようやく色付きはじめた。

(尾上有紀子、「船団の会」会務委員)


2017年 4月 9日

風船(ふうせん)

 野山の雪がすっかり消えたころ、薬売りのおじさんがやって来る。置き薬を交換するためだ。小学生の頃の話。
 置き薬は、縦横20cm、高さ30cmほどで2段の引出しの薬箱に入っていた。おじさんに薬箱を渡すと、使った薬は補充し、いくつかは新しい薬と取り替えた。母のそばで見ていると、いつも最後に風船をくれる。最初は紙風船だったが、そのうちにゴム風船になった。幼い私には膨らますのは難しく、母に膨らませてもらった。膨らんだ風船には、薬の名が書かれていた。おじさんは薬を入れ替えると、薬が詰められた三段重ねの箱を大きな風呂敷で包み、器用に背負って隣りの家に向かった。2kmの山道を登り、60戸の家を回るのは大変なことだ。そんな量が、あの箱に入るのだろうか…。ある日、不思議なことがおきた。腹痛で薬を飲もうと新しい袋を開けると、中には薬と同じ重さほどの紙屑が入っていた。その紙屑は、前に村で配布されたものの破片。薬袋の底はきれいに切られ、再び貼られていた。謎は解けた。ただ、全ての家や薬売りがそうではない。

(岡 清秀、「船団の会」会務委員)


2017年 4月 2日

春休み(はるやすみ)

 青森の小学校を卒業した日が引っ越し日だった。校庭でみんなに別れを告げ、父の運転する車は一路、京都に向かった。青森から京都までは長い。途中、仙台あたりだったろうか、見知らぬお宅に立ち寄った。父の知り合いだったろうか。
 父母は楽しく過ごしているが、子供には退屈な時間が過ぎていく。外で弟と遊んでいたかも知れない。そうこうしているうちにお腹の調子が悪くなってきた。田舎の小学校を卒業したてで、住み慣れた土地を離れ、不安だらけだったせいかもしれない。長い時間、狭い車の中で疲れていたのかもしれない。それに加えて見ず知らずのお宅。どうしよう、どうしていいかわからない。お腹の調子はますますおかしくなる。とうとう・・・。
 母のあきれた声が今も耳に残る。春休みのかなしい思い出である。

(おおさわほてる、「船団の会」会務委員)


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