2018年3月25日

四月馬鹿(しがつばか)― 4月1日(万愚節)

 4月1日は、万愚説、四月馬鹿、エイプリルフール、などと呼ばれ、嘘をついてもいい日とされているが、この日に「振込め詐欺」をしても、可罰的違法性阻却事由には当たらない。
 これは、もともと、キリスト教圏の風習らしい。戦後日本でも、いったんは定着したが、最近は、ネタにもされない。まあ経済効果がないからだろうか。
 4月1日は、新学期が始まる日であり、入社式なども行われる日だ。新しい法律が施行されることも多い。
 さて、中学のクラスに翌年度の4月1日生まれの同級生がいた。「ええっ、1こ下になるんじゃないの」と不思議に思ったことがある。
 後年、大学の「民法総則」の授業で、民法の期間計算条項(138条・139条、とくに140条)のなかに、「日、月、年単位で期間を定めたときは、その初日は期間に含まれない」という趣旨の規定があることで、この条項の解釈で規則が制定されたので、こうなるのだと、先生から上記の理由を教えてもらった ― 長年の謎がひとつ解けた感じだった。
(秋山 泰、「船団の会」会務委員)


2018年3月18日

春雷(しゅんらい)

 先日、新しく歳時記を買った。何気なくページをめくっていたら、「春雷」に目が留まった。夏の雷と違って一つ二つで鳴り止むことが多いとある。そういえば、春の雷って聞いたことあるかなあ?と思う。なんだか耳を澄ましていたくなる感じ。
 ところで、この「春雷」の文字を見ていたら、杉山平一さんの詩「蕾」を連想した。どこかが似ている。雷のせい? <誰がつくった文字なのだろう/草かんむりに雷とかいて/つぼみと読むのは素晴らしい/とき至って野山に/花は爆発するのだ/……>。ほんとうにすばらしい。時がきて爆発する蕾、そして春だよ!と鳴る春雷。このワクワク感いいなと思う。いよいよ春の門出の季節だ。
(藪ノ内君代、「船団の会」会務委員)


2018年3月11日

チューリップ

 「わあ、かじられてる〜」すっとんきょうな声をあげたのは、小学校低学年の私。小さな植木鉢に球根を埋めて、芽が出るのを楽しみにしていた。ちっちゃな芽が出てきた時の喜びは、ぞくぞくする程。が、ある朝、なんとその芽がガキザキにぷつんと齧られていたのだ。芽が出た時に、頭の中ではもう赤白黄色のチューリップの花が咲いていたのに。ぷっつん。ああ……
 ところで(突然ですが)「フランケンシュタイン・コンプレックス」という言葉がある。人間が自ら造ったものに滅ぼされる、それにおびえる心理を言うらしい。そんなこととは、ほど遠いイメージのチューリップ。今年のわが家のプランターの中では、次々に芽が出て今のところすくすく育っている。何色の花が咲くのだろう。
(村上栄子、「船団の会」会務委員)


2018年3月4日

卒業式(そつぎょうしき)

 三月は卒業式のシーズン。考えれば高校の卒業以来40年余りの月日が流れてしまった。底冷えのする講堂で「仰げば尊し」を歌ったあと「さようなら」と言葉を交わしたきり会わない友人も多い。学校へ勤める機会もあって卒業式にも何度か立ち会ったけど、自分のときには泣けなかった私が、送る側になると感傷的になった。たぶん同じ場所で同じ時間を過ごした生徒たちが、見知らぬ世界でバラバラに生きてゆく意味が切実に感じられる年になったからだろうか。式では涙を浮かべていた卒業生たちもふざけながら校門を出て行った。ついさっきまで彼らがいた廊下や教室は取り残されたように静まり返って、送り出した教師たちは終わったことに安堵しながらも寂しい。
(三宅やよい、「船団の会」副代表)


2018年2月25日

受験子(じゅけんし)

 ・・・・・受験子と豚同船す
 上五を忘れてしまったが、金子兜太が亡くなったことを聞いてこの俳句を想い出した。二十年余り前に、テレビ番組「NHK俳壇」で紹介されていた応募作品の一つだ。今思えば、まだ俳句を始めていなかった私にとって、この時の「選」は俳句を作りたくなる気にさせてくれるものだった。
 兜太はこれを特選にし、あの独特の声で「同船がいいねー。」と褒め称えていた。えっ、俳句って、こんなに自由に作っていいの? あまりにも気取っていなかったし、受験子と豚との正に取り合わせから独特の感じが伝わった。一人ぼっちの手には参考書が開かれていただろうか。
 月日が流れ、あの少年は既に中年となっていても、兜太はそのまま何時までもいてくれそうな気がしていた。
(藤井なお子、「船団の会」会務委員)


2018年2月18日

梅見(うめみ)

 伊丹市の苗木栽培農家から貰った3鉢の紅白の梅がある。日当たりのいい場所に置いているからか、毎年どこの“梅便り”よりも早く観梅できるのが密かな自慢だ。
 米国ワシントン・ポトマック河畔の桜は世界的に有名な桜だが、その桜はこの伊丹市の苗木が植えられて育ったものだそうで、そんな苗木栽培の技術がある伊丹の梅なのだ。近所で偶然に見つけた梅の”梅まつり”がこの週末に開かれるという。
 今年の梅見はこの梅と我が家の梅とする。
(陽山道子、「船団の会」会務委員)


2018年2月11日

恋猫(こいねこ)

 JR元町駅の山側に小さな酒屋がある。外観はモロ昭和。平日夜身体があいている時に、ふらりと立ち飲みに入る。6人も入ればいっぱいになる店内。ある日客はわたし一人だった。テレビのニュース番組を見ながらお母さんと世間話が始まる。そのとき「夫原病」の話題が出ていた。妻は夫が家にいるだけで体調が崩れるとか、夫の食事にだけこっそり砂糖と油を多く入れるとか、えげつない話題に笑いながら、「でもお互い様やと思うけどな〜」とつぶやくとお母さんも「そーそーどっちもどっち」と相づちを打ってくれた。外は恋猫か、猫の鳴き声がしきりにしていた。
(早瀬淳一、「船団の会」会務委員)


2018年2月4日

むささび

 むささびはリス科で尾は太くて長い。夜行性である。 手足についた皮膜が発達し、これを広げると45pぐらいになり 枝から枝へと飛び移り、闇夜を舞う姿は妖怪と恐れられた。 奈良の森で、むささびの姿を今か今かと息をこらして木の上を見つ めていた。姿を現した時は感動的だった。やがてその闇は、むささびが 呑みこんだかのように明けていった。
(田 彰子、「船団の会」会務委員)


2018年1月28日

氷柱(つらら)

 数年前の3月下旬、東京で遊び、鬼怒川温泉、草津温泉を巡る旅に出かけた。新幹線で東京駅に降りると大阪より早く、桜が開花していた。日光は修学旅行で秋に来たことがあり、懐かしかった。華厳の滝や日光東照宮では、積雪があり、風花が舞った。雪の東照宮は一段と鮮やかで、屋根からドサッと雪の落ちる音を聞いた。
 草津温泉は百名山の草津白根山に駒草の花が咲く頃に来たが、この季節は初めて。やはり湯畑から少し外れると積雪があり、ホテルでは、見事な氷柱のカーテンと対面した。日差しを受けてキラキラと輝いている。暖かい所で育った私は、出会えて嬉しかった。鷹羽狩行さんの「みちのくの星入り氷柱われに呉れよ」の句が頭を過り、夜になるのを待って中庭から氷柱と星空を交互に眺めた。夫はというと食事の後もホテルのバーでお酒を飲んでいる。私は氷柱と星空に感動し、夫より得した気分でバーに戻ったのである。
(鶴濱節子、「船団の会」会務委員)


2018年1月21日

冬銀河(ふゆぎんが)

ここ数年一月は学校巡りの旅にでる。
昨年の一月は東京のM小学校を訪れた。
聴覚にハンディがある子供たちの通う私立学校で、
S先生が魅力的に俳句を教えている。
それで訪れた。
S先生は「聾は目の子」と賛嘆する。
聴覚の分を視覚で補うことに優れているので
写生の俳句における感性は
鍛えれば鋭さを発揮するという。
授業も手話、
その中で授業中ににこにこおしゃべりをしている
やんちゃな子同士も手話。
それを注意する先生も手話である。
近くに空港がある学校なので
ときどき飛行機のすさまじい音が聞こえる。
怯えてはっと窓を見ると、
その視線を追って
遅れて子供たちも窓の外を見る。
そして「音が聞こえるって、案外不便なものだな」と
手をひらひらして笑う。
私が紹介を受けたとき、
みんなが両手をあげてひらひらしてくれた。
静かな手話の拍手である。

帰路の新幹線の車窓に
夜空の冬銀河は見えなかったが、
かわりに心の中に
暖かな手話の拍手がきらめいている。
百人の手話の拍手や冬銀河 恵介

さて、今週、東京から静岡を経由する旅。
今年もどんなきらきら星と会おうか。
(塩見恵介、「船団の会」副代表)


2018年1月14日

深雪晴(みゆきばれ)

 先ごろ350万年前の人類の骨が初公開された。サルのように四つん這い状態から二足歩行になったというあの教科書で習った人類の歴史とは別に、この骨の人類(女性)は最初から木の上で生活していたという。まあどっちでもいいけれど。木の上から地上に降り、暑い地、寒い地へと人類は散らばった。はじめて雪を見た人類がいたはずだ。それでも彼らはそこに暮らした。山形は今年雪が多い。駐車場の隅などには雪がうず高く積まれている。京都から山形へ嫁いだ娘は今や雪と楽しく暮らしている。少年たちはマフラーも手袋も要らないという。人間は有能だ。
(小西雅子、「船団の会」会務委員)


2018年1月7日

七日

 一月七日は、長女の誕生日。
 昨年末からのイベント続きで弱った胃の調子などお構いなく、七日の晩御飯は長女が大好きなハンバーグがメイン料理となる。かつて、彼女が幼いころに一度だけ、バースデーケーキに七草粥を取り合わせてみたことがあったけれど、「もう二度としないでほしい」と、強く念押しをされた。
 今年四月から中学三年生になる長女。誕生日に私が作る料理を食べてくれるのは、あと何年かしら。子どもたちが希望を抱き、どんどん自分の可能性を広げ、楽しく人生を送ることができるような世界にするために、大人である私が引き継いでいかなければならないものは何なのか、きちんと考えていきたい。
(工藤 惠、「船団の会」会務委員)


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