2018年6月24日

夏の夜

 夕方になると小中学生がそぞろにお堂(集会所)に集まりトランプや将棋、おてだまや 雑談をして遊ぶ。そして辺りが真っ暗になると明かりを消して始まるのが怪談話。いつも の話なのであまり変わり映えしないのだが、誰それちゃん家のそばの川だとか、お墓だと か臨場感をもって話す子がいるからそれなりに話は弾む。そんなとき、窓枠に腰かけたま ま居眠りをしていた男の子が外に落ちた。一階なのでたいしたことはないと思っていたら 脛が10pばかりパックリと開いている。なのに血が少しも出ていない。鎌鼬の仕業だと 騒然となった。鎌鼬は信越地方に多い現象で冬の季語にもなっているが、子供のころの愛 媛の夏にも出た。まさに夏の夜に似つかわしい怪談話だった。
(陽山道子、「船団の会」会務委員)


2018年6月17日

日傘(ひがさ)

 その日もばあと歩いていた。日傘のレースの隙間から射す光と、赤い口紅と、黒いワンピースの少し膨らんだお腹を見上げながら。ばあは向かいの家に住んでいて、ラーメン屋だったわが家に自由に出入りし、私たち姉妹の世話を焼き、時折叱ってくれた。そして末っ子の私は、ばあに手を引かれてよく出掛けた。そのお腹から産まれたと思い込むほど、毎日毎日ばあがいた。
 その日、ばあの赤い唇は「お天道様が見ているよ」と言った。そして、今すぐにでもお天道様を確かめたい私の手をギュッと握り、日傘の下へ引き戻した。
 誰かの日傘に入れてもらった記憶が、人を支えることもある。
(高田留美、「船団の会」会務委員)


2018年6月10日

楊梅(やまもも)

 俳画教室の課題がヤマモモで、思い出した。
 子どものころ、毎年夏になると、川向こうの山の麓からヤマモモが届いた。丸い浅い竹の籠にびっしりと並べられ、ヤマモモの葉で覆われて。
 直径3センチほどもあった、と思う。濃い紫紅色で、ジューシーで、甘酸っぱくて、ぼつぼつかな、とみんなで待っていた味だ。
 ヤマモモはヤマモモ科ヤマモモ属の常緑高木で雌雄異株。でも、花粉は20〜30キロも飛ぶことができるので、異性と遠く離れていても大丈夫。そのため、「一途」とか、「ただ一人を愛す」とかいう花ことばが生まれた、という説もあるそうだ。
(中原幸子、「船団の会」会務補助)


2018年6月3日

星鴉(ほしがらす)

 友人たちから「登った山でツルちゃんは、どの山が好き?」とよく聞かれる。「登って面白く好きな山は、穂高や槍ヶ岳よ」と答える。何度でも登りたい山は、白い花崗岩と緑のハイマツが美しく、アルプスの女王と呼ばれている燕岳(2,763m)だ。さほど危険ではなくアルプスの大パノラマを満喫できるのと、山小屋の燕山荘が快適である。登山の醍醐味は頂上に立つこと以外に、ご来迎や雲海、夕焼け。高山植物や雷鳥などとの出会いが嬉しい。ブロッケン現象や星鴉に初めて出会ったのも、この山だった。星鴉とは全身の白い斑点を満天の星空に見立てたことに由来するらしいが、素敵な名前で生態も面白い。
 先般、広辞苑 第七版収録の電子辞書を夫が買い替えたが、角川俳句大歳時記も収録されており、季語に星鴉とある。山を愛する者としては、ネット等でどんな鳥か見てもらえたら嬉しい。この夏は燕山荘のオーナー赤沼さんのアルプホルン演奏を聞きに登り、ワインでも傾けようかと、夫と話している。
(鶴濱節子、「船団の会」会務委員)


2018年5月27日

薔薇(ばら)

 先日、薔薇が見たくなって、岐阜県可児市にある花フェスタ記念公園に電話をした。ここは日本最大級の薔薇園があって7000種咲かせているという。電話をすると、薔薇園担当者が応対してくれた。名はアサノさん(男性)。病気に弱い薔薇を咲かせる日々の環境整備の苦労の話から、一重五弁の日本の野生種の薔薇は、薔薇に見えない面白い薔薇のこと、ブロッチという、アフガニスタン由来の薔薇は、花びらの先と根元の色が鮮やかに違いとても綺麗なこと、薔薇の香りは大きく分けて7つあること。甘い香りで香水の原料に使われるダマスク(覚醒系)とティーローズ(沈静系)の香り、ブルーローズの独特の香りのこの三種は誰が嗅いでもすぐに違いがわかること。訥々と途切れぬアサノさんの薔薇愛。最後に「薔薇をぜひ嗅ぎに来てください」と仰る。専門家の話は、目から鼻へ抜けて快い。よし、岐阜、行こ。
(塩見恵介、「船団の会」副代表)


2018年5月20日

青蜥蜴(あおとかげ)

 最近、私の周りにイケメンが寄ってくる。喜ばしいことだ。月参りに来る清み声のお坊さん、露の滴る大山の牛乳を届けてくれる牛乳屋さん、困ったときにすぐ来てくれる大工さん、背の高い木を希望通りに短くしてくれる植木屋さん、目を見て柔らかな京都弁で話してくれる印刷屋さん。
 ある日、野原を歩く。彼は綺麗な目でこちらを見ていた。去り際、青緑色の尾はひんやりとした手のように私を招く。
(小西雅子、「船団の会」会務委員)


2018年5月13日

緑雨(りょくう)

 我が家の雨傘は今、三本しかない。四人家族なので、一本足りないが、まあ、なんとかなっている。
 倹約生活をしているのではない。私が、仕事帰りに急に雨が降った時にコンビニでビニール傘を買い、それを我が家の雨傘として活用しているのだが、次女が登校時に雨が降っていると傘をさしていき、夕方、雨がやめばそのまま学校に忘れ、名前を書いていないので行方不明となり…そして、とうとう三本なのである。
 しかし、あと三本になってからが長い。おそらく、後がないから次女も気合が入っているのだろう。
 「ビニール傘は天下の回り物」と言ったのは、会社の同僚だったかしら。
 私が買ったビニール傘が、世間で役に立っていることを願いつつ、しばらくはビニール傘を買うのを控えてみよう。緑雨なら、少々濡れても風邪は引くまい。
(工藤 惠、「船団の会」会務委員)


2018年5月6日

薄暑(はくしょ)

 歌舞伎の女形が、立ち役との道行きを演じるに際して、舞台に上がる直前に手を氷水に浸しておくのだと聞いたことがある。二枚目を演じる役者が女形の手をとった瞬間に、ほんとうの女を実感するための工夫なのだという。
 眠気にとろりとなった赤ちゃんの手のぬくさも、かわいいけれども、女の手の冷たさには、はっとする色気があるのかもしれない。きりりと帯を締めた歌舞伎役者に薄暑が似合うように、美しい人には冷たい手が似合うのかも。
(木村和也、「船団の会」会務委員)


2018年4月29日

苺(いちご)

 中学生の時、学校の裏に同級生の家のいちご畑があった。放課後にいちご狩りと称してその同級生たちと畑に入っていちごを採って食べていたら、怒鳴り声がしたので驚いて振り向くと仁王立ちの先生がいた。どうやら私たちが勝手によその畑に入っていちごを盗っていると思われたらしい。しかし、事情がわかると先生もいちご狩りに加わった。確か5月頃のことだったと思うのだが、最近は2月頃から店頭にたくさんのいちごが並んでいる。かつては「とよのか」や「女峰」をよく目にしていたが、最近は「あまおう」「とちおとめ」「紅ほっぺ」「章姫」「あすかルビー」など種類が豊富である。ちなみに、今シーズンは和歌山産の「まりひめ」がマイブームである。
(尾上有紀子、「船団の会」会務委員)


2018年4月22日

巣立(すだち)

 神戸の閑静な住宅街に自然林の残る山があり、そこに私の職場がある。近頃、巣立ったのであろうさまざま鳥の声がする。以前、同じ職域の新人を集めた研修を手伝った。コミュニケーションの研修で、紙コップで糸電話を作り、それを使って長い文章から簡潔に意図を伝えるのだが、糸電話を知らず、糸を弛ませて話したり、引っ張り過ぎて切れてしまったり。すっかり小学校の工作の時間になってしまった。私も新人の時の思い出がある。入職して2週間、庶務部での新人研修だった。初日、3時になって年配の女性秘書から「牛乳は好き?」と問われ、「はい」と答えてしまった。本当は苦手で、飲むと下痢をし、腹巻をしていた。出された牛乳を飲んだが、緊張のためか、その日は下痢をすることがなかった。緊張が続く2週間、毎日3時になると牛乳が出された。結局、下痢をすることなく過ごし、腹巻もとれた。以後、牛乳と上手く付き合えている。
(岡 清秀、「船団の会」会務委員)


2018年4月15日

燕来る(つばめくる)

 母が引っ越しすることになった。アパートの二階に住んでいるのだが、圧迫骨折で入院。退院してからめっきり弱くなった。もうトイレに行くのもままならない。当然、階段の昇り降りなどと物色していたら、ラッキーにも階下の部屋が空いたのだ。それでも、引っ越しともなれば、それは大変だった。二十年もの生活に物は溜まる。この際、思い切って捨てる事にした。ある物に目が留まった。「よくぞ、こんな物を」。
 それは竹製の物差しだった。裁縫好きの母の愛用品の一つだ。子供の頃、弟とお揃いの服をよく作ってくれた。二ミリ毎に目盛りが刻んであり、五センチの所に黒丸、十センチの所に五つの赤丸、それが二重円の上に置かれている。父は私が物心着いた頃から、というか記憶にある初めの頃から、私を殴った。いきなり拳だと可哀想だと思ったのだろうか?最初は、物差しを持ち、振り上げて見せた。不器用な私はどうしていいかわからず、立ちすくんだ。それが余計気に食わなかったのだろう。物差しは否応なく降りてきた。
 我が家は長屋だった。みんなおんなじ造りなのに、うちには燕が来なかった。きっと、不幸な家には来ないのだろうと、何となく思っていた。引っ越しの最中、盛んに燕が横切った。「もう、こんな物、捨てるね」。母は笑っていた。
(おおさわほてる、「船団の会」会務委員)


2018年4月8日

牧開き(まきびらき)

 駅前の雑居ビルの店舗のひとつが気になっている。
 名前も営業時間も明記されていない店舗で、シャッターが閉まっている。不定期に、シャッターが開いて「放牧中・ただ今営業しています」という看板と小型犬ぐらいの牛のぬいぐるみが二頭置かれる。まさか、室内で牛が放牧されているとは思えず、何を放牧しているのだろうか。一度、放牧中のときに、扉を叩いてみようか、と逡巡したものの、一人では怖く、通りすぎた。
 北の大地では、牧開きが始まる季節。今週は、まだシャッターが閉まったままだ。
(衛藤夏子、「船団の会」会務委員)


2018年4月1日

お雛様(おひなさま)(旧暦)

 最近、時々、『旧暦で(も)祝いましょう。』というような文言をみることが増えたように思います。デパートの人形売り場だけでなく、和菓子屋さんの雛あられも。
 私は「いいなあ」と思っている。あと、お節句、というもの、ご存知ですか?例えば、四国の南予(愛媛県南部)では、3月31日、4月1日に、それぞれ山と海にお弁当を持って連れ立つのです。そのお弁当もいつもと違う豪華版で。お節句遊びですね。その頃まで、お雛様もお飾りしていたり。月遅れの雛祭り、なんて聞いたことがあります。
 旧暦だと、桃の花も咲き、蛤も大きくなり安価になっているんですよね。なんてことを、昨夜の朧月を見ながら考えていました。春の宵の匂いも大好き。そして意外に思考することに向いている季節かも。で、佳句ができれば、なおよろし、なんですが。
(朝倉晴美、「船団の会」会務委員)


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