2018年9月30日

美術の秋(びじゅつのあき)

 先週、兵庫県立美術館で開催中の「プラド美術館展」に行って来た。カタログの表紙にもなっている『王太子カルロス騎馬像』ではベラスケスの筆跡をじっくり見ることが出来る。中でも袖口やスカーフを飾る金色の飾りには、近付いたり離れたりして見てもとても人間業とは思えなかった。しゃしゃっと掃いた油絵具がどうして実物の金糸のように見えるのだろうか。後日、西洋美術史の先生にその不思議を尋ねると、ベラスケスのような人は「バルール(色彩感覚の用語で色価と訳される)」に特別秀でた天性の才能があるそうだ。つまり、そもそも初めからそう見えているものを描いている、ようだ。万人が努力しても敵うはずがない眼を持っているということなのか。
(藤井なお子、「船団の会」会務委員)


2018年9月23日

蜻蛉(とんぼ)

 赤トンボ、シオカラトンボ、カワトンボ、イトトンボ、ムカシトンボ、鬼ヤンマ。いく種のトンボを知ってるだろうか。赤トンボは十匹くらい群れて飛ぶ。そんなとき三木露風の「赤とんぼ」の歌をつい口ずさんだりする。赤トンボを歌えば、この曲に勝るものはないだろう。
 ススキなどの穂の先に止まっているトンボを見つけると、クルクル人指し指を回しながら近づく。捕まえてみようとするのだが捕まえた試しがない。が、この年になっても止まっているトンボを見ると指先をクルクル回し、トンボの目を回そうとしてしまう。トンボ釣りなどというものはしない。
(陽山道子、「船団の会」会務委員)


2018年9月16日

台風(たいふう)

 「今夜、台風が直撃する」という日、買い出しに出掛けた。沖縄でのこと。しかも、今回の台風は大型で移動速度が遅いらしい。スーパーに着くと、商品を満載したカートが行き交っている。どの人も嬉々として、何日分だろうと思うほどの食料を買っていく。流れに身を任せながら、娘に「お祭りみたいやな」と囁くと「それくらいでないと、やってられへんねん」と冷静な答え。この地に慣れてきたということか。
 その晩、本当の嵐の洗礼を受けながら、昔の人を思った。自然の力を目の当たりにした時、歌い叫ぶ人や、 踊り狂う人がいたに違いない。たがを外して身を守る本能。どうやら、この状況で眠り続ける娘にも備わっているようだ。
(高田留美、「船団の会」会務委員)


2018年9月9日

鶏頭(けいとう)

 「これ、ナカハラサンにあげようと思って」と差し出された、まっすぐ伸びた鶏頭の花。数本を束ねて、根元が水を含ませた布で丁寧に巻かれている。
 この鶏頭、由緒正しい鶏頭である。何年か前、あるカルチャーで「子規庵の鶏頭」の種が配られたことがあって、その種から咲いた花なのだ。子規生前の子規庵の庭には、森鴎外から贈られた色々な種子の一つ、向かいの家から貰ったの、近くに住む中村不折が持ってきたもの、などの鶏頭があったようだが、これがそのどれかの直系かどうかはわからない。でも、見れば見るほど、子規の描いた鶏頭にそっくりだし、子規庵の庭で見た鶏頭にもそっくりだ。もうじき子規忌だ。
(中原幸子、「船団の会」会務補助)


2018年9月2日

『二百十日』と「ビール」

 夏目漱石『二百十日』は、なぞめいた小説である。ほとんどが「圭さん」と「碌さん」の二人の会話で、「豆腐屋の倅」の「圭さん」は、なにかと「華族と金持ち」を引き合いに出す。語り口は、どこか『男はつらいよ』の寅さんを思わせる。阿蘇山近くの宿屋の「下女」から「ビールはございりまっせん」と言われ、「ビールがない?・・」、「ビールはござりませんばってん、恵比寿ならござります」・・・「熊本製の恵比寿か、中々うまいや。・・」。半熟卵を注文すると、四個のうち二個がゆで卵、二個が生卵、なるほど。「二百十日の風と雨と烟」が満目の草を埋め尽くす中、二人で阿蘇山の火口を見に行こうとする。ありえない。熊本で生まれ育った者にとって、やはり、夢の中の話だ。二百十日になれば、そろそろビールの季節も終わりが近いか?
(鈴木ひさし、「船団の会」会務委員)


2018年8月26日

休暇果つ(きゅうかはつ)

 来年3月に高校受験を控えている長女。8月末はオープンハイスクールが目白押しで、志望校として考えている県立高校を2校見学した。
 オープンハイスクールでは、今の中学三年生から志望校として選ばれるよう、高校側が様々なイベントを催す。その中でも、やはり一番、手っ取り早く学校のことがわかるのがDVD放映。高校生活がコンパクトにまとめられた映像を見ているうちに、自分自身の高校時代とオーバーラップし、毎回、胸がいっぱいになった。
 そういえば、私が高校に入学したのは平成元年。そして、私の娘は平成最後の年の4月に高校に入学する。5月には新元号。
 振り返れば、あっという間の30年。時代は廻る。と、その前に、夏休みが終わる。
(工藤 惠、「船団の会」会務補助)


2018年8月19日

稗(ひえ)

 八十を超え、足が弱くなった出不精の父を無理矢理車に押し込み町の散髪屋に連れて行く。この前まで青田を貫いた農道は早稲が穂を垂らす中にある。盆があければ収穫が始まるだろう。久々の戸外で後部席の父は「ヒエが生えてしゃあないなあ」としきりに呟く。伸び放題の父の髭のことかと聞き返すと「稗」だという。どこからか飛んできた稗は田の中でひときわ高く方々ペンペン伸びる。抜かずにおくと稲刈りの時に混ざって手間じゃ、田園を巡る田の水はひとつの田の稗を方々にまき散らす、ええかげんな百姓じゃ。農家の次男で育った父は自分の無精髪を棚に置き、他人様の田の迷惑を嘆く。現代は刈り取りから脱穀まで機械に任せられるのだけれど。
(塩見恵介、「船団の会」副代表)


2018年8月12日

秋めく(あきめく)

 未来の夢は二人で見ることができるが、就寝中の夢は二人で見られない。
 今はもうそんな馬力はないのであるが、連れ合いはこれまでしばしば酔っぱらって真夜中に帰宅した。「今何時やと思てんの!」「三時ですう・・・」「そんなところで寝んといて!」「起きてますう・・・」昨日、かつてのそんな日のそんな光景の夢を見た。朝起きてもまだ怒ってる私。連れ合いは「一緒に見たかったなあ、その夢。面白そうやなあ」と、のん気。「コーヒーでも淹れましょか」と連れ合いが低姿勢になると、朝の庭から微かに風が吹いた。
(小西雅子、「船団の会」会務委員)


2018年8月5日

夏休み(なつやすみ)

 子どもたちが夏休みを楽しみにしているというのは、たぶん嘘だ。僕は子どもの頃、夏休みがすこし怖かった。八月に入って海の色が少し変わりクラゲが出はじめると、僕らは海も川も放擲しなければならなかった。それはこの世の終わりが来るくらいに悲しいことだった。木の上ではいまいましい法師蝉が鳴きはじめる。そんな季節がやってくることは、夏休みに入る前から約束されていたのだ。なんでも先取りして未来を悩むのは、子どもたちの習性である。夏の早くから、僕たちは夏の終わりの憂愁を胸に抱えて暮らしていたのである。大人たちの子どもを見る楽天的な笑顔の影で。
(木村和也、「船団の会」会務委員)


2018年7月29日

原爆の日(げんばくの日)

 6月に公開された映画「羊と鋼の森」は、主人公外村が調律師を目指す物語だ。外村が、先輩の板鳥に「どのような音を目指せばよいか」を問う美しいシーンがある。
 「君は詩人の原民喜を知っているか」と聞き返し、板鳥は民喜の「砂漠の花」の言葉を引用して答える。「明るく静かに澄んで懐かしい文体、少し甘えているようでありながら、きびしく深いものを湛えている文体、夢のように美しいが現実のようにはかない文体」
 昭和20年8月6日、原民喜は広島市の生家で被爆した。過酷な体験を元に書かれた小説「夏の花」は代表作となり、原爆ドーム東側には「碑銘」を刻んだ詩碑が建つ。来月6日、今年は被爆から73年目の原爆の日を迎える。
(衛藤夏子、「船団の会」会務委員)


2018年7月22日

蚊(か)

 蚊は今でもいるが、「刺された!」と思うのは水辺の草むらを散歩したときなどに限られるような気がする。いわゆるヤブ蚊の類だ。蚊帳を見かけなくなってもうどれくらいになるだろう。中学生の頃にはもうなかったから、実感として、1968(昭和43)年頃には、愛媛の片田舎でもなくなっていたと思う。小学低学年の頃、コガタアカイエ蚊が媒介する日本脳炎が流行った。隣町で死亡した小学生も出て騒ぎになったことを覚えている。この日本脳炎の予防注射がすごく痛かった。50音の出席番号順だったので、私はいつも一番にモルモットよろしく実験的に最初の注射をしなければならなかった。思わず「痛い!」と声をあげると、あとのみんなが「ええっ〜!!」と震えあがっていたことを思い出す。
(秋山 泰、「船団の会」会務委員)


2018年7月15日

バナナ

 阪急電鉄門戸厄神駅から住宅街を抜けて岡田山を登ると、そこは別天地。美しいキャンパス が現れる。そのスパニッシュミッション様式の優美な学舎は建築家ウイリアム・メレル・ヴォ ーリズ博士の手によるもの。「真に芸術的な建築・学習空間は優れた人格を形成する」という 彼の理念そのままに、生徒たちは豊かな感性と人間性を育んでいるように感じる。ある日の中 学2年生(48名)のクラス。「バナナ」で一句とバナナ色の短冊を配ると「そんなバナナ……」 という天使のような少女の笑顔がはじける。
 一方、国研こと国語研究室の超ベテラン、定年退職後の5年ぶり復帰のF先生。私に「何、 食べとん、おっバナナか。」と、にんまり。同じく5年ぶり復帰の私の肩の力が抜ける。
(村上栄子、「船団の会」会務委員)


2018年7月8日

夏の夕

 仕事から帰り、マンションのドアを開けると待ち構えていた愛犬が激しくしっぽを振って散歩をせがむ。夕方の散歩は十年余り続いたわたしの日課だけど、老犬になったこの頃は1日のほとんどを寝ているせいか大きな声で呼ばないと玄関まで出てこなくなった。夏至の前後は7時頃でもまだ明るい。昼の炎熱が去り、ゆったり歩けるこの時刻の散歩は私にとっても犬にとっても大事な時間。ほとんど目が見えなくなってしまった老犬もしきりに匂いを嗅ぎながらいつものコースを歩き始める。踏みしめる道路はまだじわっと熱いけれど、樹々を吹き抜ける風が心地いい。あと何回この犬とこんな時間を共に楽しめるだろう、そう思いながら見上げる夕べの空は明るく寂しい。
(三宅やよい、「船団の会」副代表)


2018年7月1日

紫陽花(あじさい)

 今日は京都府立植物園に行って来た。「あじさい園」の小径の右側には日本原種の額紫陽花、左側には色鮮やかな園芸種が植えられている。ヨーロッパで人気のこの花は逆輸入されたものも多いらしい。「ミセス・ヘプバーン」という名を付けられたものもあった。
 一週間前の大阪北部地震では自宅が震源地に極近く、食器の約半分が割れてしまった。中でも気に入っていたお皿ほど割れた。それらをまとめて段ボール箱に入れ玄関先に置いてある。
 眼前の紫陽花の萼片は、大切だった陶器の破片を連想させた。
(藤井なお子、「船団の会」会務委員)


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