2019年6月30日

梅雨夕焼(つゆゆうやけ)

 名古屋鉄道の特急電車に「名鉄パノラマスーパー」というのがある。三百円の座席指定券をプラスすると、文字通りスーパーな展望シートに座れる。男の子はみんな先頭の席を喜ぶ。今回は私ひとりだったが、名古屋発豊橋行きの先頭席を指定して乗車した。土曜日の夕方であったので通勤の乗客は少ない。隣の席に座った男性はタブレットを取り出し、進行方向の景色を撮影し始めた。初老であるが、鉄男なのだろうか。
 6時半発のパノラマスーパーは東へ向かって疾走している。車両後方の西の空には夕焼けが広がっていることを想像した。通過してゆくマンションの窓に、真赤な太陽が反射していた。
 背中を特別シートに委ねると、眼前にはどこまでも続く線路と、東の空の広がりが見える。利休鼠とはこんな色のことなのだろうか。令和の梅雨の気配がした。
(藤井なお子、「船団の会」会務委員)


2019年6月23日

透百合(すかしゆり)

 秘湯温泉の旅をしている仲間と下北半島へ行った。至るところにソーラーパネルがあり、風力発電のプロペラが数えきれないほど廻っている半島は広い、が印象。関西や関東の平野だと建物や道路がぎっしりと詰まっているのだが、ここはただ緑の大地が広がっていた。
 半島の右肩あたりの尻屋崎、津軽海峡と太平洋がぶつかるところの断崖にそれはあった。断崖の天辺にはお地蔵さんがあり、岩の割れ目から草丈に似合わない大きな花、朱赤色に紫黒色の斑点のあるエゾスカシユリが点在して咲いていた。スカシとは花被片の間に隙間があるためについた名だというが、透という印象はなく、身近な山野で見かける鬼百合に似ていると思った。身の竦むような断崖と青い海、白く砕ける大波とたくましく咲く赤いユリの花は、下北の風景に似合うと思った。
(陽山道子、「船団の会」会務委員)


2019年6月16日

水無月(みなづき)

 ああ蒸し暑い。梅雨だから仕方ないけど、ここは特別。降りそうで降らん中途半端な天気が続く。重たい空気が肌に纏わりつく。おまけに来月には、不快指数マックスの祇園祭ってどないやねん。夏は蒸し暑いわ冬は底冷えするわ。こんなとこに都を作るってどうかしてるわ。
 毎年、心の中でひと通りの悪態をつききった頃、6月30日が来る。京都では夏越の祓。茅の輪くぐり。そして水無月を一口いただいた瞬間、「なんで小豆と外郎を合わせちゃうかなあ」と思う。そこから悪態は2周目に。
 い……いえいえ、滅相もない。ただの和菓子好きの外郎嫌い。この季節の、正気を奪うほどの不快に操られているだけなのです。はい。
(高田留美、「船団の会」会務委員)


2019年6月9日

夏風邪(なつかぜ)

 夏風邪で3日も寝込んでしまった。大して熱はないが、だだもうだるく、無気力、無食欲。のど飴舐め舐め、ベッドでごろごろ。そのくせ退屈だけはする。
 おあつらえ向きに「學燈」夏号が届き、「丸善創業150周年記念特別号」がついて来た。なんと、丸善が販売していたタイプライターの写真を発見。懐かしかった。若かりし頃、勤務先でイギリスの取引先への手紙をたのまれて、タイプに四苦八苦。1通仕上げるのに半日もかかって、これじゃ会社もたまったもんじゃないな、とびっくり。近くのタイプ教室にタイプを習いに通ったのを思い出したから。
(中原幸子、「船団の会」会務補助、e船団担当)


2019年6月2日

夏めく

 古代ギリシャのアルキメデスが、王冠をかかえて裸のまま浴槽から飛び出し、街を走り回ったのは夏だったにちがいない。「アルキメデスの原理」発見のエピソードは、今日まで伝わるアルキメデスのイメージを作った。夏目漱石『吾輩は猫である』(六)にもアルキメデスの名前がある。迷亭が苦沙弥の家で蕎麦を食べる場面、「左手に受ける茶碗の中へ、箸を少しずつ落として、しっぽの先から段々に浸すと、アーキミジス(アルキメデス)の理論によって、蕎麦のつかった分量だけツユの嵩が増してくる。ところが茶碗の中には元からツユが八分目入っているから、迷亭の箸にかかった蕎麦の四半分もつからない先に茶碗はツユで一杯になってしまった。・・・」この(六)の部分は、虚子の名前や、暗示的な「送籍」が出てくる。それにしても迷亭はよくしゃべる男だ。

   夏めくやアルキメデスのバスルーム   鈴木ひさし

(鈴木ひさし、「船団の会」会務委員)


2019年5月26日

短夜(みじかよ)

 短夜や乳ぜり泣く児を須可捨焉乎  竹下しづの女

 短夜の過ごし方は、人それぞれ。そして、その人自身においても、自分の置かれた環境や年齢によって様々に変化していくだろう。
 私の人生で考えてみると、しづの女が詠んだような短夜ははっきりと思い出すことができるのだけれど、あとの日々は霧の中。そうそう、高校時代、クラスみんなでキャンプに行き、暗闇の中、夜中じゅう、バトミントンをしたことは、今でも鮮明な思い出である。
 今は、短夜を満喫する余裕もなく、毎日、布団に横たわれば1分以内に眠りに落ちる。数十年後、人生を振り返ったとき、40代の短夜は、たぶん、霧の中にある。
(工藤 惠 「船団の会」会務補助、e船団担当)


2019年5月19日

ナイター

 自宅では第3の麦酒を飲み、テレビのナイターを見ながら、句会ではありえないような思いつきの無責任な発言をする父親をしている。以下はある日の思春期の愚息と会話。 私「やっぱり、歴代プロ野球で最高の応援歌は新庄剛志のものやな。〈それ行けGO新庄、燃えるお〜と〜こ〜〉の〈と〜こ〜〉の転調がええもんな。一番気の毒なんは清原和博のものやな。ロシア民謡と軍歌を足して二で割っとるわ」。愚息「僕やったら清原の方がええけどな。威圧感ある。新庄のは1番バッターやで、4番のとちゃうわ」。私「そんなもんか?」愚息「どっちも昭和やな。今の時代山田哲人とか、ええで。オリックスの大城とかも話題や。オリックスはトランペットが上手いねん」。私「これ、沖縄民謡やん」。愚息「大城、沖縄出身やもん。ちなみに今、一番かわいそうなん、楽天の田中和基やで。スーパーでかかってる曲、とか言われとんねん」。「船団」次号特集「俳句と音楽」に先駆け、「野球と音楽」のアホ話題、でした。
(塩見恵介 船団の会副代表)


2019年5月12日

松葉海蘭(まつばうんらん)

 あくまでも私見である。ネットで「〇〇の妻」を検索すると「糟糠の妻」「最愛の妻」「ボクの妻」「三人の妻」などが見つかる。夫が主体でありながら妻の存在が大きい。「〇〇の夫」はどうか。「うちの夫」「オタクの夫」「天国の夫」など。
 庭に松葉海蘭がずらっと咲いた。地面から垂直に伸びた長い茎。野草ながら背筋がしゃんとしている。花は小さく紫色。ちょっと古い例えだが「糟糠の妻」だと思った。花期は4月〜5月。歳時記には見当たらない。「春」なのか「夏」なのか。松葉海蘭に聞くとどっちでもいいと言う。北アメリカ原産の帰化植物で1941年に京都市伏見区で確認されたのが最初、とのこと。
(小西雅子、「船団の会」会務委員)


2019年5月5日

鯉のぼり

 小学校の同級生にカドワキ君という子がいた。親友だった。隣の大きな門構えのお屋敷に住んでいた。うす暗いこんもりとした前栽があって、そこでよく遊んだ。前栽の横の庭に、四月になると大きな鯉のぼりが立った。カドワキ君のお父さんがニコニコしながら立てていた。矢車や色鮮やかな吹き流しもついた立派な鯉のぼりだった。
 小学六年生の春に、屋敷を畳んで、カドワキ君の一家はアメリカへ行ってしまった。それから屋敷には別の家族が引っ越してきたけれども、その庭に鯉のぼりが立つことはなかった。
(木村和也、「船団の会」会務委員)


2019年4月28日

みどり

 今年のアカデミー賞作品賞は「グリーン・ブック」だった。「グリーン・ブック」という題名から、その美しい言葉の響きから、緑の木の本かしらと勘違いした。1936年に出版された、グリーン氏が取材した南部のホテルや公共施設での黒人が使用できる場所を記したガイドブックの名だった。
 みどりの美しい季節。今、グリーン氏が生きていたら、別の、緑の木のガイドブックを作ってくれただろうか。「手紙ありがとう」っていう劇中の素敵な台詞が、「ガイドブックありがとう」っていう台詞になっていたりして。
(衛藤夏子、「船団の会」会務委員)


2019年4月21日

花(はな)

 花(はな)と言えば桜(さくら)のことであることは、よく知られている。滝廉太郎の代表曲に「花」がある。作詞は、武島羽衣という人らしい。小学校高学年のころ、先生が歌うのをみんなで覚えたせいもあって、1番はなんとなくわかるが、2番、3番がわからない。ずっと、歌詞を文字で確認しなかったからか、2番 「みずや〜あけ〜ぼの つ〜ゆあびて……みずや〜ゆうぐれ てを〜のべて」、3番 「にしきおり〜な〜す ちょうていに」など。「みずや」は「水屋」ではなく「見ずや」だった。「ちょうてい」は「朝廷」ではなく「長堤」だった。「長堤」はわかったが、「見ずや〜」はどうだろう。そうか、反語的表現か、と姉に聞いてわかった。「そんなんもわからんで歌っとったんか」と言われた。
(秋山 泰、「船団の会」会務委員)


2019年4月14日

風車(かざぐるま)

 JR大阪環状線「福島駅」から南へ約900メートルのところに、大阪市立科学館がある。春休みも終わりに近い日曜日。9歳、7歳、4歳の孫たちと行ってきた。昨日リニューアルオープンしたとあって、その人気は絶頂。長蛇の列に並び、先ずは地下のプラネタリウムホールへ。日本初のプラネタリウムカールツァイスU型投影機を真横に見て、138億年の宇宙の歴史、原子の旅など見えないものへの想像に胸が躍った。そしてリアルな星空、迫力ある映像。太陽と月。あれが一番星。おおいぬ座・こいぬ座・オリオン座。そして、一等明るいシリウスと見上げているうちに、フランス製の椅子の座り心地の良さにうとうと……。その後、4階3階2階と進み、本物の隕石に触れたり、持ち上げたり。と、興味の対象は尽きなかったが、その中でも孫たちの目を引いたのが、風の流れ。代り番こにホースを持って風を起こす。その風が当たると、百個程の風車が、順次回り出す。見えないはずの風の流れが見えてくる。ああ、きれい。
(村上栄子、「船団の会」会務委員)


2019年4月7日

花冷え(はなびえ)

 外濠通りから、靖国神社、千鳥ヶ淵と桜の名所が職場の近くにある。昼休みにはお弁当を持って、花見に出かけるのがこの時期の楽しみ。しかし、今年はなんと寒いことか。ちょっと外に出るにもダウンコートが欠かせないほど。外濠通りの花の下では例年青いシートを広げて場所取り合戦をしているのに、今年はシートもお花見の人たちも、少ないような気がする。花冷えのせいばかりでなく、毎年、盛り上がるように咲いていた桜の樹が少なくなったことに気づいた。話に聞くと、戦後植えられた多くのソメイヨシノの寿命がきているので枝だけではなく、木もろとも伐採されているようだ。倒木を避けるため仕方がないとは言え、間が抜けた空間が寒々しい。
(三宅やよい、「船団の会」副代表)


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