2020年3月29日

春の夢(はるのゆめ)

 今年は世界中がいつもと違う春になってしまった。不要不急は外出しない春だ。いつも句会をしている施設も三月末まで利用不可となり、私の三月の予定表に次々と空白が生まれた。こんな日々になる前の、最後の句会が思い出される。
 木曜午後、市立福祉文化会館の一室で句会をしていると、隣の会議室から突如ピアノの単調な旋律が聞こえて来た。通常ピアノは無いはずだが…、その日はどなたかがピアノを持ち込んで調律が行われているようである。句会の進行とともに調律も進んで行った。句会の終盤、調律の方も最後の試し演奏となった。ベートーベンの「月光」に続き、ドビュッシーの「月の光」が、演奏会さながらに弾かれた。私たちは句会を中断してしばらく聞き入った。そして曲が終わると、それを素にして俳句を作った。
 もうすぐ四月。今思えば、あれは会館で行われる公演会のための調律であったようだ。イベントが次々と自粛となっているこの頃。あの春の日がたった一ヶ月前のこととは、夢のよう。
(藤井なお子、「船団の会」会務委員)


2020年3月22日

苺(いちご)

 生まれて初めて「追っかけ」をした。握手をするわけでもなく、黄色い声?を上げるでもなく、倉本聰氏が小倉で話す講演会を聞いただけのことだが、そのために小倉まで足を運んだのだから、わたしとしてはちゃんとした「追っかけ」だ。倉本氏の書くものが好きで1年続いているドラマ「やすらぎの刻」を見ているが、そこで橋爪功演じる根来公平が85歳の現在、ときどき“まだら呆け”になり、なんとも切ない。
 こんな折、掛川産の「世界で一つだけの苺!!」と銘打つ1粒400円の苺(1箱9粒入り)が届いた。相方がネットで買ったものだとか。わたしなら美味しくても絶対に手を出さないので急に不安になった。でも届いたものは食べる。1粒400円、400円と言いながら。
(陽山道子、「船団の会」会務委員)


2020年3月15日

菜の花(なのはな)

 「犬が西向きゃ」「おらひがし!」
 ある春の日、公園で大きな犬に追いかけ回され、芝生の丘をゴロンゴロンと転げ落ちた娘。名を菜月という。パッと目を開くと、視界いっぱいに犬の足があったそうな。そこで冒頭の会話。正解は「尾は東」だが、娘の身になってみれば、あながち間違いとも言えない。何しろ恐ろしい犬が西を向いているのだ。娘は迷わず東へ向かうだろう。それこそ当たり前というものだ。幼い子の言い間違いに真理を見た気がして、笑ってしまった。
 子どもはみんな菜の花に似ている。春の訪れのように、世界に向かって全身で笑いかけている。
(高田留美、「船団の会」会務委員)


2020年3月8日

春の筍(はるのたけのこ)

 私は和歌山県の北の端っこで生まれた。家のすぐ裏が竹やぶだった。むろん、持ち主があり、筍を勝手に掘って来て食べるわけにはいかないが、そこはよくしたもので、竹やぶの持ち主が、掘りに来た帰りに「せんせい、たけのこ」とひと声かけて、土間に放り込んで行ってくれた。母は長年地元の小学校の教員をしていたので、そこらじゅうの人から「せんせい」と呼ばれていたのだ。家のどこかから「おおきによ〜」という声が、することもあればしないこともあった。
 手もとの歳時記には「筍だと初夏のものだが、とくに春の筍というと冬から春に出る筍をさす」とある。
(中原幸子、「船団の会」会務補助、e船団担当)


2020年3月1日

樋口一葉と花粉症

 梅の花がほころび、春一番のニュースが流れるころ。世の中はすっかり春めいて芽が出る、花が咲くというころ。目のかゆみは忍耐の限界点。いつの間にか酸欠の金魚のごとくぱくぱく。あわない薬を飲めば全身鈍麻の状態。意識はもうろう。世の常の数ある春のイメージとはほど遠く、ただただ花粉症の季節、花粉症の景色。まさに、風景描写は心情描写、よくわかる。
 20年前、花粉症の季節に、東京の本郷のあたりを歩いた。菊坂を重たい足で歩いていると、「東京にもこんな街が残っているんだよね」。後ろから女性の声。五十過ぎか?「ほら、ここが樋口一葉の住んでいたところ、あの三階建ての古いアパート、あそこのあたり、井戸があるでしょ、そのまんま、あたし、あそこの近くに住んでんの」、すたすた、路地を進み、アパートの中へと消えていった。

 ときめくもとにもかくにも花粉症  鈴木ひさし
 一葉の二の腕白し風光る      鈴木ひさし

(鈴木ひさし、「船団の会」会務委員)


2020年2月23日

春夕焼(はるゆうやけ)

 職場で財務担当の部署に異動したのは、平成25年。
 それ以来、毎年、秋から翌年1月末頃までは中期財政見通し策定や予算編成作業に追われ、連日の残業が続く。日が短くなっていく日々と重なり、気がつけば、六甲山にライトアップされる神戸市のマークを見ながら、考えに耽っていることもしばしば。が、予算編成作業を終えると、年度末までは、早春の夕焼の中、帰宅できる日が多くなる。
 夕焼は、明日の晴れを約束してくれる。
 ああ、たぶん、これが幸せというのだろうと、夕焼を見ながら、つかの間の解放感を満喫する。
(工藤 惠、「船団の会」会務補助、e船団担当)


2020年2月16日

春の〜

 手元の『カラー版 新・日本大歳時記 春』の索引には「春の〜」という季語が117項目立っている。たとえば、「春の虹」「春の月」など。やわらかで優美な印象。中には「春の灸」とか「春の三日月」とか、これ今もいる?と思うものも。ともかく「春の〜」をつければ柔らかで優美なのである。そのうち「春のトマト鍋」などもできるかもしれない。季語ごちゃまぜだが頭の「春の」が絶対なのである。ところで、「春の風邪」。これも風流、艶美といってもいい印象。昨今は新型ウイルスが巷間で騒がれているが、ともかくウイルスと人類の戦いは今に始まったことではない。寛政年間、無敵を誇った横綱谷風が、「おれが倒れているところを見たいのなら、風邪にかかった時に来い」と語り、本当に罹って亡くなった流感は「タニカゼ」と名付けられた。享和年間に流行った流感は当時話題の放火事件から「お七風邪」と呼ばれた。風邪にも名をなす。春を感じる。日本人ならでは、か。
(塩見恵介、「船団の会」副代表)


2020年2月9日

確定申告(かくていしんこく)

 今年は楽しそうに確定申告準備に取り組む連合いの姿がある。昨年末に連合いはガン宣告を受けたのである。学生時代レスリング選手だった彼のからだはずっと頑丈だった。ショックというより狐につままれた感じ。しかし、その後好運が重なった。早期発見のため手術は簡単。混雑の手術予約は、キャンセルが出たため年初めに潜り込む。4日間入院したのち退院。宣告から約半月で元通りになった。転移はなし、薬は不要。手術後、切り取った8ミリのガンを医師は私だけに見せてくれた。すぐに病理検査に出すという。狐につままれたままの今がある。「どんなんやった?」「ガラスの小瓶に入ったクリオネやった」と言いながらふたりで各種領収書群を整理している。
(小西雅子、「船団の会」会務委員)


2020年2月2日

凍る(こおる)

 ものが凍りついた姿というのは潔いものだ。雪のような抒情が一切排除された世界では、思いも言葉も動く気配がない。そういった世界では、あらゆるものの本当が姿を現すのかもしれない。
 何万年も前の凍土から発見されたマンモスは、実に美しい姿をしていた。遥かな時をへだててというような思いは多分感傷だろう。言葉を介在させない何も語る必要のない、ものそのものの姿が圧倒的だった。それはひとつの完結だった。
 春が来ても、凍ったものたちはけっして凍る前の姿で甦ることはないのだと思う。
(木村和也、「船団の会」会務委員)


2020年1月26日

節分(せつぶん)

 京阪沿線にある成田山不動尊は、節分の豆まきでも有名だ。毎年、NHK朝ドラの出演者が殻つきピーナッツをまく。数年前、玉木宏ファンのママ友と一緒に、わたしも福をもらいに出かけた。9時に最寄り駅に3人で集合。普段はがらがらの参道は、長蛇の列。境内は、警備員の誘導で、到着順に区分けされる始末。
 時遅し。玉木宏のピーナッツでなく、わたしたちは、協会のおじさんの投げるのを受け取るエリア。しかも、つばの広い帽子や捕虫網、袋までもっている参列者もいた。素手で、どうにかひとつ受けた。寒風のなか、ピーナッツは、とても貴重に思えて後生大事に持ちかえる。帰宅後、同じようなピーナッツがビールのつまみ用にたくさん買い置きしてあったけれど。
(衛藤夏子、「船団の会」会務委員)


2020年1月19日

海鼠(なまこ)

 夏目漱石は、『吾輩は猫である』のなかで、「海鼠をはじめて食ったひとの勇気と精神力に敬服する」という趣旨のことを書いている。同様のことは、西洋の小話にもあるらしい。
 ナマコは、料理屋で出てくる「ナマコ酢」(これがコリコリ・あっさりして珍味だ)では食欲がわくのに、実物はグロテスクだ(私はもちろんそのまま食べようとは思わない)。さらに、その生態などは実におもしろい。
 この落差は、俳句にとって格好の俳味ある素材だ。
 たとえば、私もかつてこんな句をつくったことがある。
 「まえむきにバックしてます赤海鼠」  いかがでしょうか?
(秋山 泰、「船団の会」会務委員)


2020年1月12日

風花(かざはな、かざばな)

 もう、10年ほども前のことだろうか。京都のデパートで軽く買い物をして、外に出ると空から白いものがちらちら。雲はなく青い空。へえーっ!? しばらくは、いわさきちひろの描く赤い毛糸の帽子と赤い手袋の少女の気分で、その白いものを見つめる。
 ところで、昨年10月15日、朝日地球会議2019で、ポツダム気候影響研究所理事のヨハン・ロックストロームさんと動画中継し、キャスターの国谷裕子さんが対談した。人間が地球を変える力を持ってしまった今、地球を正しく管理することが必要になるとの国谷さんの言葉を受け、ロックストロームさんは、その通り、と。温暖化による「地球の限界」を超えないように、と。「地球の限界」……。ああ、そういえば。あの白いちらちら、風花も、このあたりではここ数年来あまり見ることができないなあ、と改めて思った。
(村上栄子、「船団の会」会務委員)


2020年1月5日

雑煮(ぞうに)

 「うちの雑煮は丸餅で白味噌」「うちは切り餅。出汁はお澄ましに具は小松菜ぐらい」うちの職場は各地から上京した人が集まっているせいか、正月前後は雑煮の話題で盛り上がる。私は神戸出身だが結婚当初から、正月は連れ合いの実家がある広島に帰省する習わしだったので、雑煮も嫁ぎ先の味になった。出汁は鶏ガラと昆布を合わせたもの。湯がいた餅の上にブリの照り焼きと椎茸、彩りにホウレンソウ、紅白のかまぼこを乗せて少し濃いめに味を利かしたアツアツの出汁をかける。今年こそ面倒な雑煮もお節もやめよう、と思いつつ三が日を過ごした。今日は五日だけど、昨日から仕事が始まり正月気分も吹っ飛んだ。パンとコーヒーで362日過ごしているわけだから、三が日の雑煮ぐらい ま、いいか。
(三宅やよい、「船団の会」副代表)


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