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2004年   6〜9月分   10〜12月分
週刊:新季語拾遺(2001年1月〜2004年5月) バックナンバー
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2019年9月8日

金木犀(きんもくせい)

 香料会社で働きはじめて3、4年のころだったか、毎年秋に行われる「香料・テルペンおよび精油化学に関する討論会」で、特別講演に宍戸圭一京都大学教授をお招きし、金木犀の香りについてお話して頂いたことがあった。先生は世界で初めてキンモクセイの香りを研究された方だった。
 そのお話は「こんないい方法があるのに、知らない人がいるので、まずそれを……」、と前置きして、「金木犀の木の根元に布(紙だったかも)を広げて、そこで木を揺すったら、花がいっぱいその上に落ちるんだよ」と始まった。場内爆笑だったのをいまもまざまざと思い出す。
 ちなみにキンモクセイは「かおり風景100選」に、「鵠沼、金木犀の住宅街」と「西条王至森寺の金木犀」の2か所が選ばれている。
(中原幸子、「船団の会」会務補助、e船団担当)


2019年9月1日

水蜜桃(すいみつとう)

 夏目漱石『三四郎』の第1回は、1908年(明治41)9月1日、『東京朝日新聞』『大阪朝日新聞』に掲載された。三四郎は、熊本の高等学校を出て、汽車で東京へ向かう。当時、大学は9月始まりで、掲載の時期と重なる。京都から乗り合わせた女と名古屋で一晩同宿し、一夜明け、女は「あなたは余程度胸のない方ですね」とにやりと笑い、三四郎と別れて行く。この後、汽車で出会うのが「髭のある男」。この男は、三四郎に水蜜桃を食べさせ、桃は「仙人めいて」、種の「恰好が無器用」で「穴だらけで」・・・と言い、「大きな樽柿を16食った」子規(1902年没)の話などをして、「どうも好きなものは自然と手が出るものでね」と、豚の鼻の先が延びる話やダ・ヴィンチの実験の話をする。きいているうちに、三四郎は同宿した女のことを思い出して「不愉快」になる。
 この場面で、二人が一緒に食べるのは、やはり、滴る水蜜桃でなければならない。
(鈴木ひさし、「船団の会」会務委員)


2019年8月25日

二学期(にがっき)

 「夏休みに課される自由研究あるいは工作は、親にとっても試練である。」と、書いたのは、2017年9月3日の私の「今週の季語」。
 当時、中学二年生だった長女は高校生になり、自由研究からは解放されたが、続いて次女が中学生になり、やっぱり自由研究に苦しめられる夏休みとなった。今年の自由研究のテーマは、「いろいろな果物の糖度と甘さの関係を調べ、美味しく果物を食べるための切り方を研究する。」りんご、もも、柿、梨、キウイについて、様々な箇所の糖度を測り、味見をし、記録し、レポートを書いて…と、通算一日半の大仕事となった。
 明日から、二学期が始まる。なんだかんだあったけれど、なんとか、今年も、無事に夏休みを終えることができそうだ。
 って、「えっ?まだ、読書感想文が書けてない!?」
(工藤 惠 「船団の会」会務補助、e船団担当)


2019年8月18日

残る暑さ(のこるあつさ)

 「糊強き袴に秋をうちうらみ」「髪の白髪を今朝見付たり」。『俳諧小鏡』にある、連句の付合例。従来、上句にある文字を基底に下句を展開する連句だったが、上句に「老い」の情を感じ取った下句の付けは、「執中の法」と呼ばれ、連句の付合の幅を広げた。先週、本誌の会員作品批評を脱稿したが、取り合せの句、多くはこの範疇の俳句版という感じのここ十年。
 ところで、「老い」とは何か。上の付け合わせは身体になじまぬ糊の強い着物に老いを感じる繊細な感覚。僕は「同じ話を何度もする」のが老いと思う、今日この頃。本人は、手を変え品を変えているつもりだが、世間は「その話二度目・・・」と思って聴いている。長い話が退屈でなく、同じ話が退屈なのは偉い先生の訓話と同じ。各所で話しをすることも多いこの夏、その都度ネタを仕込んでいくが、それでも時々、前に上手くいったものを再登板させることがある、二匹目の泥鰌をあてにする鈍さは確実に「老い」を、身に寄らしめる。
 それにしても暑い。一日に何度も「暑い」といって仕事をしている。これも、老いだ。
(塩見恵介、「船団の会」副代表)


2019年8月11日

線香花火(せんこうはなび)

 箸より短く、細い藁。その先に塗られた黒い火薬を火にかざす。暗闇の庭の隅で、浴衣どうしで。
 という光景にあこがれる。ナイアガラだのキティーちゃんだのパワーにまさる打ち上げ花火にはとうてい及ばないが、手花火には手に伝わる実感がある。華奢な線香花火は、その中でも実感ナンバーワンだ。落とさないよう大事に火玉を作ると隣の人の火玉と合体させる。こんな小さな恋があるだろうか。線香花火はやがて静かに静かに闇に帰る。空にも地にも帰れない。燃え尽きた棒を持って闇に突っ立っている二人はこのあとどこへ向かうのだろう。
(小西雅子、「船団の会」会務委員)


2019年8月4日

西日(にしび)

 西日の差す部屋というのはどこか隠微な匂いがある。同棲のカップルが早い夕食を取っていたりして。
 僕もむかし、西日の当たる部屋に住んでいたことがある。たった一人で。まだ日の高いうちに行った銭湯の帰り、すごく冷えたビールを一本買って、ぎらぎら西日の当たる下宿で飲んだ。とてもおいしかったが、その後は疲れてしばらくは畳に横になっていなければならなかった。それが重大な病気の始まりだとは気づかないで。
 今でも西日の部屋には、よく冷えたビールが似合うと思う。不健康そうな畳の部屋に健康な若者の身体が似合うように。
(木村和也、「船団の会」会務委員)


2019年7月28日

行水(ぎょうずい)

 職場で、佐藤って苗字の男優で思いつくのは誰?と話題になった。わたしと同世代の女性たちは、「浩市さん」と答えるが、30代以下になると、「健(たける)くん」と言う。年齢によって、イメージする人が違う。
 夏の季語である「行水」も、年齢によってイメージが違う季語ではないだろうか。
 実家の80代の父親は、昔あったな、と懐かしそうに実感し、わたしの世代だと見聞きはするものの実体験はなくて、20代の子ども世代だと時代劇の世界である。もっとも、烏の行水という言葉を烏の水浴びのことだとイメージしていた50代の友人もいるけれど。
(衛藤夏子、「船団の会」会務委員)


2019年7月21日

金魚(きんぎょ)

 路地裏を夜汽車と思ふ金魚かな  摂津幸彦

 夏の代表的な「飼育いきもの」は「金魚」だった時代が長く続いた。俳句でも、上掲の摂津幸彦の句のように、金魚という語は、路地裏、夜汽車と化学反応を起こし、何かしら郷愁を感じさせる。またその感覚を、世代をこえて共有できるものがある。戦後(昭和)の時代には、夏の夜店では、金魚すくいが毎年恒例のように出店していたが、いまはどうなのだろう。ただ残念ながら、夜店ですくった金魚は、家の金魚玉で飼うと、夏の終わりには、例外なく全滅している。わが家の夏は、1960年代の私の子ども時代も、2000年代の私の子どもたちの子ども時代も、金魚たちの死でせつなく終わったのだった。
(秋山 泰、「船団の会」会務委員)


2019年7月14日

巴里祭(パリさい)

 忘れられない一枚の絵がある。左手に銃剣つきマスケット銃、右手に自由・平等・博愛の意味を持つトリコロールカラーの旗を掲げる女性。闇の中にすっくと立つ光のようにまぶしい。中学校の美術の教科書、また歴史教科書の挿絵として載っていたと記憶する。フランスロマン主義の巨匠ウジェーヌ・ドラクロワの代表作「民衆を率いる自由の女神」。テーマはフランス7月革命。
 ところで、勤務先の学校で「作家の高村薫は私の伯母です。」と屈託のない表情で伝えてくれる14歳の少女がいる。休みの日には友人と別荘で、一晩中、中原中也の詩などの朗読をして楽しむのだ、とも。ひょっとすると「自由の女神」は案外近くにいるのかも、と感じたりする今日この頃。
(村上栄子、「船団の会」会務委員)


2019年7月7日

朝顔市(あさがおいち)

 東京には「三社祭り」「両国の花火」等など、夏の季語になっているものは多数あれど、人の多さに恐れをなして行ったことがない。今月六日から八日までは入谷の「朝顔市」、九日からは浅草寺境内で「鬼灯市」が開かれる予定になっている。たまたま七日の朝顔市吟行に誘われたので、季語の現場に足を運ぶことにした。選ぶなら「朝顔の紺の彼方の月日かな」波郷の句を思わせる濃い藍色の花がいい。毎朝「咲いたかな」とベランダをのぞく楽しみができそうだ。それにしても俳句を作る余裕なんてあるのか?鉢を抱えて人混みをかきわけ、電車を乗り継いで家にたどりつけるのか?そんな心配ばかりしている。まるで終業式に朝顔の鉢を持ち帰る小学生に戻ったよう。
(三宅やよい、「船団の会」副代表)


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