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週刊:新季語拾遺(2001年1月〜2004年5月) バックナンバー
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2020年6月28日

夏の窓(なつのまど)

   カント氏の窓半開き揚羽来る    坪内稔典

 何か考えている窓、半開きだから放心の窓かも知れない。ふと、蝶のようなアイディアが浮かんだのかな? 最新の歌集『雲の寄る日』では次の窓が詠まれていた。

   ぽっかりと白雲一つ窓に来た雲は来たとは思わんだろう

 第八句集『ぽぽのあたり』にある「市内バス」という詩では、こんな窓があった。

   窓に頬杖ついている
   そんな頬杖、好きやねん
   たっぷりゆったり海光る

 冬の終わりに始まったコロナウィルス下の生活。家に籠る時間が長いままに夏になった。そういえば自然と繋がることの出来る、窓というものの存在感が大きくなった気がする。窓を通して聞こえる鳥声に敏感になり、日差の移ろいや恵みを改めて思った。季語そのものへ接触する機会が極めて乏しくなったからなのか。一方で人との繋がりは圧倒的にインターネットが増えた。こちらではパソコンの画面自体が、窓そのものだ。
 これからは、稔典さんのブログ「窓と窓」を開ける。会いたいと思えばいつでも会える窓であるところが嬉しい。

(藤井なお子、「船団の会」会務委員)


2020年6月21日

玉巻く芭蕉(たままくばしょう)

 ご近所のアメリカ人の家の庭で家族が賑やかに作業をしていた。「何をしているの」と聞くと「蚯蚓を採ってきて庭に放している」と少年が言う。父親は「蚯蚓は庭を耕してくれるから」と答えてくれた。その時の蚯蚓が活躍しているのか15,6年経った今でも庭の花や木はすくすく育っている。そんな中に芭蕉の木はある。伸び伸びひらひらとした大きな葉は存在感があるのだが、少し強い風が吹けばすぐに破れてしまう。ある時そのことをご主人に言うと「大丈夫です。いくらでも葉が出てくるから」との答え。かの芭蕉は破れた芭蕉を好み自らの俳号にした。それを知ってのことか聞いてみたいと思ったりするが、うまく言葉が通じるのかと今だにそれを聞くことができない。

(陽山道子、「船団の会」会務委員)


2020年6月14日

田の草取り(たのくさとり)

 こぽこぽと手の中で何かが動く。たった一本植えられた苗の根元。周りの小さな草を取り、根元に溜まった空気を抜いていくのがその日の仕事だ。苗は分蘖し始め、茎を何本かに増やしている。田の草取りは夏の間に何回かする作業だが、一回目が肝心と教えられる梅雨晴れの一日。腰を伸ばせば茅葺き屋根が見える。
 無農薬、不耕起、一本植えの米作りをするこの棚田で、田植え、稲刈り、雪の中の餅つきと、毎回お祭りのように楽しませてもらったが、田の草取りは格別。一人ずつ田んぼに入り自分のペースで黙々と作業を進める。足の裏から吸い上げた気を、手から苗の根元に戻すような不思議な感覚。誰とも喋っていないのに、田んぼに入っているみんなと繋がっている。
 今日は、あの日の棚田へ心を飛ばそう。

(高田留美、「船団の会」会務委員)


2020年6月7日

青梅(あおうめ)

 『暦と暮らす』(宇多喜代子著、NHK出版)を頂いて、「夏の梅仕事」という言葉を知った。「梅仕事」は、デジタル大辞泉に、「6月ごろ、その年に収穫した梅の実を使って、梅酒や梅干しなどをつくること」と出ている。
 でも、わざわざ「夏の……」とあるのは、きっと、梅仕事が春夏秋冬、一年中気の抜けない仕事だからに違いない。土に肥料を入れ、花をよく観察し、ジューンドロップを見守り、やっと青梅になり、棒でたたき落として収穫される。
 そこからが「夏の梅仕事」だ。またしても目に浮かぶのが祖母の姿である。吟味して手に入れた青梅を梅干しに仕上げるまで、特に「三日三晩の土用干し」への、あの気の遣いようと言ったら。

(中原幸子、「船団の会」会務補助、e船団担当)


2020年5月31日

びわの水

 表現は、読者との文脈のすりあわせである。読者は同時代とは限らず、少し後の時代の人かもしれない。例えば浮世草子の時代の人ならば、「びわ」や「水」をどのような文脈へとつないだのだろうか。
 「びわの水」と「人間の水」は同様に水のはずだが、びわを食べると、からだが清澄になり、びわと人間は同化していくようだ。びわは梅雨のころ、水の季節が食べごろである。
 びわで思い出すのは麦畑。麦の収穫の時期、麦秋の黄金色は梅雨直前の風景であった。麦秋は、小津映画の記憶でもあるが、田舎に育った筆者にとっては、黄金色と麦の匂い、いつ蛇が出てくるかもしれない麦畑の記憶である。その隣にあったのが、オレンジ色のびわがたわわになる大木であった。お腹をこわすから子どもはあまり食べてはいけない、と言われていた。これもよくお腹をこわした記憶とつながるひとつの文脈である。

(鈴木ひさし、「船団の会」会務委員)


2020年5月24日

麦茶(むぎちゃ)

 子どもが生まれてから、我が家の冷蔵庫にはいつも麦茶がある。子どもたちが学校へ通い始めてからは、学校へ行く日は必ず水筒にお茶を入れて持って行くようになったので、夏は1日に2回、麦茶を作ることもある。銘柄は、コープの「はと麦茶」。もう、10年以上、変わっていない。
 毎日、毎日、2リットルの薬缶に水を入れて、湯を沸かし、はと麦茶のパックを入れて麦茶を作る。この、いつの間にか続いている日常は、私の歴史。続けることで紡がれる歴史があり、区切りをつけることで始まる歴史があり……人生にいくつの歴史を内包できるだろう。そんなことを考えていると、なんとなく過ごしている日常が、少しだけキラキラと光り出すから不思議だ。
 さて、今日も麦茶を作ろう。

(工藤 惠、「船団の会」会務補助、e船団担当)


2020年5月17日

蒜(にんにく)

 蒜を晩春の季語としている歳時記が多い。耕しの時期、田の畦などに自生する野蒜を見る影響が強いからだろうか。僕の見る限り『平凡社歳時記』のみ夏としているが、国内生産量bPの青森県、収穫期は6月に最盛期を迎える。蒜の季を花の最盛期に置くのも不思議で、夏で良い気がする。ロンドン留学中の思い出をつづる中谷宇吉郎のエッセイ「サラダの謎」では、「レタスを木鉢に一杯入れたあと、何か石鹸のかけらみたようなものを、パンの切れはしにこすりつけて、それをサラダの中に入れ」る当地の「料理を美味しくするコツ」に感心するが後にその「石鹸の欠片」は蒜だと娘に教えられる。執筆当時昭和35年というこのエッセイを見ても、蒜は日本に馴染みが新しく季の再考もいいかもしない。そんなことを考えながら、今日も夕餉の鰹のたたきに刻み蒜をぶっかけている。自粛続きで翌日の会合予定など気にならぬなか、連日気兼ねなく食べられる蒜に少しだけ慰められている。

(塩見恵介、「船団の会」副代表)


2020年5月10日

青嵐(あおあらし)

 世の中に怖いものはたくさんある。そのことをコロッと忘れていた。連れ合いは、一番怖いのは「妻」だと言うに決まっている。私が一番怖いのは「夫」ではない。息子は子どものころ「カーテン」が怖いと言った。勝手に動くから怖いと言った。人間は賢くて、地球の成り立ちや人間のからだのしくみを科学的に解明はしたが、やはり怖いものは怖いのである。目に見えて怖いものと目に見えなくて怖いものがあるとすると、きっと目に見えないほうがより恐怖だ。「妻」や「カーテン」よりもっと怖いはず。少し強い風が青葉をざわざわ揺らすとき、私は頑丈な吊革がほしくなる。

(小西雅子、「船団の会」会務委員)


2020年5月3日

立夏(りっか)

 炎帝、祝融(しゅくゆう)、昊天(こうてん)、赤帝、朱明、蒸炒(じょうそう)、朱夏、炎夏、三夏、九夏、升明(しょうめい)、農節、瓜時(かじ)、炎節、炎陽、朱炎、朱律、夏場。これらは皆夏の呼称である。太陽の輝く明るさと生命の横溢する力が、これらの言葉を彩っている。
 奇妙な感染症が世界を覆っていて、いまだに出口が見えない。しかしわれわれの保持して来たこれらのコトダマの力は、この状況に打ち勝つ力を持つものと信じたい。いよいよ立夏である。たぎるような太陽の生命力にわれわれの希望を託したいと思う。

(木村和也、「船団の会」会務委員)


2020年4月26日

風薫る(かぜかおる)

 ローレンス・ブロック編著の「短編画廊」を読んだ。米画家エドワード・ホッパーの17枚の絵に、17人の作家たちが小説を書く。17編の短編のなかで、「映写技師のヒーロー」が好き。哀愁ある結末だが、映写技師の活躍で映画館や街に日常が戻る。
 今年ほど、日常のありがたさを感じた年はない。コロナウイルスの影響で自宅に籠る日々。ささやかな楽しみは、小さな庭での読書。風薫る季節、今年も桜は花が散り、葉をつけた。柿の木は若葉であふれ、花壇はアネモネで揺れた。いつもと変わらぬ自然の営みが愛しい。そんななか、17枚の絵と短編に魅せられた。読書時の薫風は、見えない敵への疲れをいやしてくれる。

(衛藤夏子、「船団の会」会務委員)


2020年4月19日

蜃気楼(しんきろう)

 ―― 残念ながら、蜃気楼というものをいまだ見たことがない。
 蜃気楼とは、地表近くの気温が場所によって異なるとき、空気の密度の違いによって光線が屈折するため、地上の物体が空中に浮かんで見えたり、遠方の物体が近くに見えたりする現象をいう。春によく見られ、富山湾の魚津や琵琶湖が有名だといわれている。
 俳句では、海市、山市、蜃楼(かいやぐら)とも。「蜃」とは、大蛤のことで、その昔中国では「大蛤が気を吐く現象」と見立てたらしい。海市は海上に市がたつ(街が見える)感じだろう。なお、「蜃楼」は「気」が抜けている(二日目のサイダー?)と最近まで誤解していた。
 唐突ではあるが、いつの日にか、琵琶湖畔から湖上に聳える天空の城・安土城を見たいものだ。

(秋山 泰、「船団の会」会務委員)


2020年4月12日

浅蜊(あさり)

 N局「きょうの料理ビギナーズ」のTVが面白い。イラストの鼻メガネのおばあちゃん、ハツ江さんのほっこりした声とわかりやすい説明でどれも作りたくなる。で、『電子レンジでワザありおかず』(高木ハツ江著)を購入した。たとえば浅蜊とアスパラガスのワイン蒸し。砂抜きをした浅蜊とアスパラガスに塩少々、白ワインとオリーブ油をそれぞれ大さじ1。ふんわりとラップをしてレンジで約5分。チンが鳴るまでの間、朝刊に目を通す。
 「福岡伸一の動的平衡 ウイルスという存在」の見出し。ウイルスは私たち生命の進化に不可避的な一部だということ。根絶したり撲滅したりはできず、ウイルスを受け入れ、共に動的平衡を生きていくしかない、と生物学者の福岡さんは説く。
 チン! さあ、活きのいい浅蜊が口を開けている。
(村上栄子、「船団の会」会務委員)


2020年4月5日

桜(さくら)

 東京では3月上旬に開花宣言が出され、春分の日は5分咲きといったところだった。しかし、今週は新型コロナの影響で自粛が呼びかけられ、井之頭公園のベンチは座れないようテープが張り巡らされた。桜が咲いたと聞くと、心が浮き立って今年の花を見たくなるのはこの季節が進学、進級、就職と人生の区切りになっているからか。
 「様々なこと思い出す桜かな」芭蕉の句をあげるまでもなく、幼稚園のとき親に抱き上げられて見た桜、入学式のとき正門に咲いていた桜などなど、今までに出会った桜がその年に見る桜と重なって思い出される。「桜は来年も咲きますから」と、どこかの知事が言っていたが、今年は「見られなかった桜」が東京の人の胸に刻み込まれたことだろう。
(三宅やよい、「船団の会」副代表)


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