2017年   1〜3月分   4〜6月分
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2004年   6〜9月分   10〜12月分
週刊:新季語拾遺(2001年1月〜2004年5月) バックナンバー
2004年   1〜3月分   4〜5月分
2003年   1〜3月分   4〜6月分   7〜9月分   10〜12月分
2002年   1〜3月分   4〜6月分   7〜9月分   10〜12月分
2001年   1〜3月分   4〜6月分   7〜9月分   10〜12月分

2017年9月17日

年寄りの日(としよりのひ)

 ボードスタンドのボリューム満点の文字にだまされ、ふらふら入ったカフェでランチを注文。でてきたフライドチキン定食には南瓜の煮付けが器一杯ボリューム満点。いやな予感はすでにしていて、僕のあとに来た客は全員、常連のようなヴェテラン女性達である。「えーと、あの道上洋三さんの前にしゃべってる人誰やったっけぇ」と雑な質問からの話題が延々続いてるが、「わたしラジオやめてんねん」とか「私、浜村淳好き」とか、核心の周辺からコースアウト。初めの質問を覚えているのは無縁の僕だけ?もう、スマホで調べて差しあげたいと思ったそのとき、カウンターのテレビから秋刀魚の不漁が取りざたされて、話題は突然変異。画面の数字を見て「こんなん、何の数字か書いとかななあ。値段?とれた匹数?」と得意げなダメ出し。おばあさま、秋刀魚が一匹1900円もしたら、いまごろ銀行すごい行列でっせ。それに漁港のみなさまに秋刀魚の漁獲量を匹ではからせないでください。それにしても南瓜が食い切れん。さて9月18日は「年寄りの日」。
(塩見恵介、「船団の会」副代表)


2017年9月10日

秋の夕暮れ(あきのゆうぐれ)

 結婚せず、親とも離れて住み、自分一人の健康だけを大切にし、そして不自由しない程度のお金があり、という人生の後半を送る。一見自由だが、一人で長年生きるということはさびしいことだと強く思っていた。子ども三人を産み人類の繁栄には少々貢献したかもしれない人生、プラス両親の介護がはたして幸福につながるだろうか。家の中で私が捻挫をした日、94歳の父はまたまた肺炎で緊急入院。母は不安で認知症がひどくなりグループホームに緊急入居。
 さまざまな経験が人を豊かにするとはむなしい標語である。
(小西雅子、「船団の会」会務委員)


2017年9月3日

二学期(にがっき)

 夏休みに課される自由研究あるいは工作は、親にとっても試練である。
 中学二年生になった長女の今年の自由研究のテーマは、「毛細管現象」。
 実験準備から報告書のまとめまでを、二日ほどで仕上げた自由研究は、夫がテーマ決定から実験過程までをかなり主導していただけに、それなりに精密だったけれど、さて、最後に、一番、長女が悩んでいたのが、毛細管現象を自由研究することにした動機。まさか、動機までを夫が手取り足取り教えるわけにもいかず、長女が悩み抜いた末に書いたのは、「毛細管現象の話を聞いて、どういうものだろうと知りたくなったから。」
 う〜ん、微妙だな。でも、実験とそのレポートで疲れ切っていた彼女からはもう、これ以上の言葉は出てこないだろうと諦め、動機を書き上げたところで、自由研究は終了。
 ともあれ、二学期を無事に迎えることができ、家族一同、そのささやかな幸せを噛みしめている今日この頃である。
(工藤 惠、「船団の会」会務委員)


2017年8月27日

天の川(あまのがわ)

 「ではみなさんは、さういふふうに川だと云はれたり、乳の流れたあとだと云はれたりしてゐたこのぼんやりと白いものがほんたうは何かご承知ですか」(宮沢賢治『銀河鉄道の夜』)。最新の科学では、宇宙の意思というものがあって、それはかつて存在したすべての生命の意識の総和で形成される、という説があるのだそうだ。あの天の川を眺めながら、われわれはさまざまな物語を紡いできた。その中でも、この物語が一番壮大で美しいように思われる。昔愛した愛犬の魂も、あの宇宙の一角を形づくっているのだと想像することは、私たちを幸福にしてくれる。
(木村和也、「船団の会」会務委員)


2017年8月20日

蝉(せみ)

 この夏、初めて蝉の鳴き声を聞いたのは7月4日、期末試験の監督中だった。突如聞こえてきた「ミーンミンミンミー」と振り絞ったミンミンゼミの鳴き声に、生徒たちはクスクス笑い出した。私も思わず吹き出してしまった。それからは待ってましたとばかりに、連日早朝より日暮れまでアブラゼミやクマゼミも加わっての大合唱。8月に入ってからは時折ツクツクボウシも合の手を入れるように鳴く。そうしてお盆前の家族が出払った夕方に「カナカナカナ…」とヒグラシの声が聞こえてきた。逢魔が時。胸がぎゅうっと締め付けられるようだ。何て切ない声。首筋を汗が流れていく。インターホンが鳴り、宅急便屋さんがモニターに映る。印鑑を手に玄関へ急いだ。
(尾上有紀子、「船団の会」会務委員)


2017年8月13日

俳句の日(はいくのひ)

 8月19日は、俳句の日。
 平成2年の6月。当時勤務していた園田学園女子大学に、職場句会『八一九の会』が発足した。その会の約束事に次のように記されている。「目的:俳句を身近なものにするため、師範坪内稔典との対話から、知的レベルの向上と遊び心の涵養をはかり、8月19日を俳句の日とすることを目的とする。」 そして、坪内稔典さんの提唱により平成4年に記念日として登録された。この『八一九の会』を中心に、一般の人も巻き込んで様々イベントを行った。ハイキングを楽しみながら俳句を作る“俳句ラリー”。JRの電車を貸し切っての“俳句列車”。ラジオの生放送番組とのジョイントイベントなどなど。イベントは少なくなったが、『八一九の会』は、今も続いている。
 8月19日はバイクの日。さあ、俳句をぶっ飛ばそう。
(岡 清秀、「船団の会」会務委員)


2017年8月6日

トウモロコシの花

 青森県下北半島の夏は短い。それでも子供たちには待ちに待った夏。国家公務員の転勤族の子供だった私は、いかにもの都会っ子だった。目の前の大きな農家、後藤家。ここの息子は近所のガキ大将。引っ越してきたばかりは、よくいじめられたが、後にはよく遊んでくれた。目の前に広がるトウモロコシ畑は格好の遊び場だった。一体何をして遊んでいたのかは、もう思い出せない。身体の大きい優しい目をした後藤君だけが、しきりと思い出される。
 私も六年生になった。後藤君は中学生。卒業してからほとんど遊ばなくなっていた。ある夏の日、いつものようにトウモロコシ畑で遊んでいた。「あっ、後藤君・・・」後藤君の半袖のYシャツと学生帽が、妙に大人びて見えた。少し、はにかんだ後藤君はそのまま家の中に消えていった。トウモロコシの花が風に揺れていた。
(おおさわ ほてる、「船団の会」会務委員)


2017年 7月30日

カンナ

 広島の原爆資料館の展示物の最後に、1枚のカンナの写真がある。去年、初めて訪れた原爆資料館で、わたしがもっとも心動かされた写真だった。
 焼け野原になったこの地で、戦後50年は植物が育たないと思われた場所で、被爆から1カ月後、カンナの赤い花が瓦礫の隙間に咲いたそうだ。展示写真は白黒だが、うだるような暑さのなか、青い空、赤い花、緑の葉の色彩が鮮明に浮かびあがり、生きるぞ、と語りかけてきそうな体感のある写真で、わたしはしばらく動けなかった。
(衛藤夏子、「船団の会」会務委員)


2017年 7月23日

西瓜(すいか)

 もの心ついたころから、夏にはスイカをいっぱい食べていた。近所の畑でとれていたからだと思う。冷蔵庫などもなかった時代で、五右衛門風呂に水を張って、一日冷やして食べていた。1/4にカットしてがぶつくのも豪快でよかったが、さらに、ヨコに切って食べやすくして食べるのもよかった。種の出し方(吐き方)もうまくなったころ、種なしスイカというものが出回ってきた。確かに種がない方が食べやすいのだが、何か変だ。このスイカの種はどこからとってきたのだろう?と考えてしまった。
(秋山 泰、「船団の会」会務委員)


2017年 7月16日

梅雨明け(つゆあけ)

 そろそろ梅雨が明けますね。今年の梅雨は水曜日に雨が多かったのですよ。ちなみに大瀧詠一の「雨のwednesday」という歌が好き。
 紫陽花がとてもきれいだったこの梅雨。特に、まだ色の浅い緑色の紫陽花もすてきでした。浜田省吾の「紫陽花のうた」というバラード曲も好き。
 雨の日は、ドライブ中の選曲が大事。雨に打たれながら(打たれるのは車ですが)うっとり聴けるものをチョイス。少し寂しい歌が合うかも。そうそう、小林 麻美の「雨音はショパンの調べ」という曲もありますね。
 そんな歌を聴きながら出勤すると、雨の一日が好きになります。雨を好きになります。雨に合う歌、また教えて下さいね。レパートリーを増やして来年の梅雨 も楽しみたいから。
(朝倉晴美、「船団の会」会務委員)


2017年 7月9日

七月(しちがつ)

 7月の今の時期、京都の四条界隈を歩くと祇園祭のコンチキチンの鉦の音が風に乗って やってくる。山鉾の組み立ても始まり、いよいよ祇園祭一色という感じになる。そして梅雨の さなかの蒸し暑い日々。ふと四条の人混みを逃れた路地に、涼しげな「打水」「簾」など情緒 的な夏の季語を思う時がある。情緒的な季語といえば、「夕立」は好きだった。しばらく雨宿 りすれば、すこんと晴れて涼風を呼んだあの夕立はどこに行ったのだろう。今ではアーケー ドの下で束の間、眺めていた夕立の風情が懐かしい。やがて祇園祭が終わり、梅雨も明け、 蝉が鳴きだし、きりっとした夏本番が始まる。
(藪ノ内君代、「船団の会」会務委員)


2017年 7月2日

半夏生(はんげしょう)

 「半夏ひとつ咲き」。広い紅花畑のなかで、夏至から数えて11日目の半夏生の日(今年は7月2日)に、その紅花が一輪だけぽつんと咲くこと。それを合図に翌日以降次々と花を咲かせる。300年前の旅人、芭蕉がゆく山形県最上川付近の紅花畑。不思議感いっぱいで、2012年の新日本風土記「奥の細道」のビデオは何度見ても飽きない。今日あたり、一輪だけ咲いているのだろうか。想像するとわくわくする。
 また、各地で 7月2日頃は「ハンゲという妖怪が徘徊する日」「タコの日」「うどんの日」と、 いろいろあるようだ。こちら関西でも「半夏生にはタコを」の広告の文字が躍る。
 さあ、今日はタコのカルパッチョでもつくりましょうか。
(村上栄子、「船団の会」会務委員)


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