2012年1月29日
着ぶくれ(きぶくれ)
切符のたぐいが苦手である。改札を通って電車に乗ったはずなのだが、降りるときに、何処にしまったか、いつも分からなくなる。私は左利きなので、たぶん、ズボンの左ポケットに入れたはずなのだが、ハンカチしかない。ん、今日は右手の日?右のポケットをさぐるが、家の鍵。俺は今日、ジャケットのポケットの日か?左右探すが、車の鍵とか、電車で舐めた飴の紙とか。なんかよく分からない紙切れも。そうか、俺を本気にさせる気だな。鞄を置いて、ジャケットのポケットを探す。胸ポケットも探す。携帯電話、名刺入れ、財布、どんどん出てくるが、切符が出てこない。くそ〜、なぜだ〜!ベストの胸ポケットも探す。こんなにポケットがあるから分からなくなる。駅員さん、僕が悪いんじゃないんです、ポケットのせいです。この前、車の時も駐車券を無くした。あんな大きいもの、どうしたらなくなるの?ちゃんとしまうところを決めておきなさい、とかみさんには叱られた。ひょっとして、私の服のポケットは無くし物の森に繋がっているのではないか。既に切符を探すことさえ忘れている、改札前の着ぶくれの男。
(塩見恵介、「船団の会」会務委員)
2012年1月22日
冬芽(ふゆめ)
昨年、JR大阪駅が新しくなった。時々利用するが、地下鉄の乗り換えなど、まだまごつくことがある。先日も地下に行こうとして、なぜか地上に出てしまった。駅前の広場ではフォルクローレの演奏をしていた。ふと立ち止まって、ケーナの音を聴いていると妙に懐かしい気分になる。澄んだ青空と山々が目の前に広がって、故郷を思い出してしまうのだ。祖父が尺八をよく吹いていたが、それを聴いていた子どもの頃に戻った感じかも。祖父は理数系の人だったが詩吟や尺八を、祖母は日本舞踊を習っていて、琴や三味線の音が蓄音機から流れていた。私の周りにはいつも音楽があったんだなあと思いつつ、街路樹を見上げると、冬芽がつんつんと空を指していた。
(小枝恵美子、「船団の会」会務委員)
2012年1月15日
毛布(もうふ)
小学生の娘が「お風呂の国と毛布の国とどっちがいい?」と聞いてきた。どちらも彼女の好きなもの。我が家はみんなお風呂が好きで、真夏でも熱い湯船に浸かりたい。ましてや真冬に湯船に浸かった瞬間は思わず「あ〜極楽、極楽」と言ってしまう。でも、ある程度時間が経つと出ざるを得なくなる。しかし毛布の中は時間が許せば、ず〜っと居続けることができる。
休みの日の朝、毛布の中で「起きようかな、あ〜でももう少し、あと5分入っておこう!」とくるまっているときはしあわせを感じる。この冬は節約が叫ばれ、毛布が褞袍(どてら)みたいになっている「着る毛布」の広告をよく見る。羽毛布団があるので毛布は要らないという人もいるが、私はやっぱり毛布が欲しい。というわけで「毛布の国がいい」という結論に至った。
(尾上有紀子、「船団の会」会務委員)
2012年1月8日
霜柱(しもばしら)
昨年秋より野菜作りを始めた。無農薬、無肥料、そして耕さない。半信半疑で始めた農法だが、晩秋から冬にかけての収穫は予想以上によかった。蕪、大根、白菜、小松菜、ラディッシュなど、どれも普通よりもやや育ちが遅く、小振りではあるが、どれもキレイで美味い。特に小さ目のチンゲンサイは火の通りもいいので、煮物、炒め物に重宝した。中でも漬け物が好評だった。サッと熱湯にくぐらせて、昆布と鷹の爪と一緒に少なめの塩で一晩漬けるだけ。
いよいよ寒を迎えた畑は、朝食のサラダ用に育てているベビーリーフのトンネルと、白菜や大根などを少し残して静かに眠っている感じ。そしてあちらこちらに霜柱ができていて、ザクザク踏む感触がずいぶん懐かしい。その横では既に空豆の苗が濃い緑の葉を数枚つけている。
(小倉喜郎、「船団の会」会務委員)
2012年1月1日
とんど焼き(とんどやき)
とんど焼きは、地方により呼び方、風習も様々のようだ。私の故郷は兵庫県北部の山村だが、「どんど」と呼び、「おくり正月」の1月6日に行っている。杉や藁でやぐらを作り、正月飾りを持ち寄って一緒に焚く。「どんどの火に当たると病気をしない」、「書初めを燃やし、燃殻が高く舞うと字が上達する」などの言い習わしがある。
大阪で住み始めた新興住宅街には、このような風習はなかった。十数年前、ボーイスカウトのリーダーをした時、子どもたちにこんな風習があることを知ってもらおうと、とんど焼きを計画した。神事なので、近くの宮司さんに相談すると、「その気持ちさえあれば大丈夫」とのこと。子どもたちは、近くの空き地に正月飾りと書初めを持ち寄り、小さなとんど焼きをした。翌年から、近所の人も持ち寄り、その後、小学校のグランドを使っての行事となった。当日はぜんざいが振舞われるが、「とんど焼きは、いつ食べられるの?」と聞く子が毎年いるらしい。
(岡 清秀、「船団の会」会務委員)
戻る
|