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週刊:新季語拾遺(2001年1月〜2004年5月) バックナンバー
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2019年11月10日

夕時雨(ゆうしぐれ)

 私は地味なほう。オシャレは苦手。身につけるものがオシャレな人はすべてがオシャレだ。例えばキッチン。サラダボールからおたままでしっかりコーディネートされている。私はといえば、皿は、銀行でもらった粗品やパン祭りでもらった景品や結婚式の引き出物。バラバラ。料理が美味しかったらいいかと思う。連れ合いはもっと「何でもいい」という人。うまくできている。
 今日の晩ごはんはパスタにしよう。銀行の粗品にしよう。野菜を採りに行こう。畑の野菜は少し濡れていた。モノクロームなモノトーンな十一月。
(小西雅子、「船団の会」会務委員)


2019年11月3日

鵯(ひよ)

 鵯が庭に来ると他の小鳥たちはきまってよそへ行ってしまう。それを憎んで家の者は鵯を嫌悪する。大きな音を立てて窓を開けるくらいでは、鵯はびくともしない。ちらっとこちらをうかがうだけで、いっこうに動じないのだ。業を煮やして庭に飛び出してみても、鵯は彼女の非力を侮って、ちょっと枝を移動するくらいで決して飛び立とうとはしない。
 私は鵯の豪胆をうらやましく思う。また、貌をこちらに向けて小首をかしげたりするのを見ると、ちょっと可愛いとさえ内緒で思ったりする。
(木村和也、「船団の会」会務委員)


2019年10月27日

立冬(りっとう)

 ベネチアを旅した時のこと。サンマルコ広場にある世界最古のカフェで食後の珈琲を飲んでいると、楽団がわたしたち日本人のために曲を奏でてくれた。「上を向いて歩こう」だった。異国の地で日本の曲が聴けるなんて望外の喜びとともに、他の国の客も「上を向いて歩こう」を知っており、口ずさむのに驚いた。
 「上を向いて歩こう」の作詞は永六輔だ。ひとりぼっちの夜に、「春の日」「夏の日」「秋の日」を思いだし、自身を励ます光景を描いた彼の歌詞に「冬の日」はない。冬に良い思い出がないんじゃないかしら。詮索したけれどわからない。あと、十日あまりで立冬。ひとりぼっちの夜に、わたしなら、どんな「冬の日」を思いだすだろうか。
(衛藤夏子、「船団の会」会務委員)


2019年10月20日

石榴(ざくろ)

   露人ワシコフ叫びて石榴打ち落す     西東 三鬼

 ワシコフ氏は私の隣人。氏の庭園は私の家の二階から丸見えである。商売は不明。年齢は五十六・七歳。赤ら顔の肥満した白系露人で、日本人の妻君が肺病で死んでからは独り暮しをしている。(三鬼の自句自解) ワシコフ氏に何があったのか。その理由はわからないけれど、その叫び声と共にくわっと裂けた石榴の透き通る赤い粒々が見えてくる。十七文字の魔術師、三鬼の世界。
 ところで、シェイクスピア・ガーデンと名付けられた庭園近くに石榴の木が一本。その学校で学ぶポニーテールの十四歳。「何か楽しいことはないかな。叫びたい。」と言う。絶叫もよし。いろいろな詩の朗読大会、いいかも。と、考え中。できれば、朗読は石榴の木の傍で。
(村上栄子、「船団の会」会務委員)


2019年10月13日

椎の実(しいのみ)

 「静かな 静かな 里の秋、お背戸に 椎の実の(と間違って覚えていたが、実際は木の実:きーのみ と歌う) 落ちる夜は ああ 母さんと ただ二人、栗の実 煮てます 囲炉裏端」という歌が、ありましたね。この『里の秋』を、小さい頃、母にならって「お〜せど〜に〜」(?)がよくわからないまま歌っていましたが、大きくなって「家の裏の方、裏庭」ということだとわかりました。ずうっと、木の実が、寝ている上から降ってくるという、なんだか「トトロ」的世界観のままだったのですが…。そして、またまた勘違いですが、当時、この歌の2番では亡くなったのかなと思ったお父さんは、3番では(南方戦地からの復員を)待たれているのだった、という意外な展開の歌という理解をしていました。私にとってそんな「里の秋」ですが、秋の夜長には、きっといまの子どもの心にも沁みる歌となるでしょう。
(秋山 泰、「船団の会」会務委員)


2019年10月6日

夜長(よなが)

 秋の夜長は俳句よりも推理小説。学生の頃、実家にはエラリー・クイーンを始めとした推理小説がずらり並べられていたのでかたっぱしから読みふけっていた。だけど、俳句を始めてからは手にすることがなかった。それが図書館でたまたま借りたアガサ・クリスティのミス・マープルの老獪かつ、善良な活躍ぶりが面白くて、棚から一冊ずつ借りて読み始めた。夜長と推理小説。俳句のお題としては付きすぎかもしれないが、読み始めると止まらない。夜中に目が覚めると枕元の灯をつけて続きを読む始末で、これだけの熱心さが俳句にあればどれだけ名句が生まれたことか!昔読んだはずのシリーズの筋も犯人も忘れているので、夜長の楽しみはエンドレスかも。
(三宅やよい、「船団の会」副代表)


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