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2004年   6〜9月分   10〜12月分
週刊:新季語拾遺(2001年1月〜2004年5月) バックナンバー
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2019年3月10日

蓬摘む(よもぎつむ)

 子どものころ、つまり75、6年も前、蓬摘みは祖母の大切な仕事だった。たくさん摘んで、丁寧にごみを除き、灰汁を入れて茹で、乾かして次の春まで保存するのだ。蓬はひな祭りの菱餅の緑の部を担当するだけでなく、端午の節句、秋祭り、お正月、どの餅つきにも欠かせない色どりだった。
 おばあちゃん子の私は蓬摘みにもついて行った。祖母が大きなざるいっぱいに摘む間に、片手で握れるほどしか摘めなかったが、さちこのはきれいに揃っている、とほめてくれた。
(中原幸子、「船団の会」会務補助、e船団担当)


2019年3月3日

春の夢(はるのゆめ)

 夏目漱石『草枕』は、「那古井」という温泉場に遊ぶ30過ぎの画工が語り手となった物語である。「春は眠くなる。猫は鼠を捕ることを忘れ、人間は借金のあることを忘れる。時には自分の魂の居所さえ忘れて正体なくなる。」髪結床の親方と客との、つかの間の掛け合いは、春風とともに吹かれて行く。風呂に浸かる画工のところに、裸の那美が現れ、ホホホホと鋭い笑い声とともに去って行くのも春だからこそ。「余が心はただ春とともにうごいているといいたい。あらゆる春の色、春の風、春の物、春の声を打って、固めて、仙丹に練り上げて、それを蓬莱の霊液に溶いて、桃源の日で蒸発せしめた精気が知らぬ間に毛穴から染みこんで、心が知覚せぬうちに緩和されてしまったといいたい。」『草枕』は「春の夢」の物語のようである。
(鈴木ひさし、「船団の会」会務委員)


2019年2月24日

春の雨(はるのあめ)

 ある日、美容院に行こうと家を出ると、近所に霊柩車が止まっていた。
 と、隣家から喪服の女性が出てくる。どうしていいかわからず、その場で立ちつくしていると、女性が話し始めた。
 「この家のご主人の弟さんが亡くなったのよ。弟さん、小児麻痺でね。会ったことない?私が若い頃には一緒に住んではったけど、もう、四十年ほど前やもんね。奥さんが嫁いできて、しばらくしてから施設に入りはったわ。かわいい弟さんやったんよ。七十歳くらいで亡くなりはったんかな。見送ってあげて。家族以外に見送りがなかったら、さみしいもんね。きっと、弟さんも喜びはるわ。」
 クラクション、出棺。私が玄関を出てから、十分ほどのできごと。あたたかい春の雨が降っていた。
(工藤 惠、「船団の会」会務補助)


2019年2月17日

春動く(はるうごく)

 2014年4月からはじまった朝日小学生新聞「春夏秋冬楽しく俳句」の毎週連載も5年目を迎える。溜まった連載の書籍化が昨年末から進んでおり、3月末には二冊同時刊行(仮題=みんなで楽しく五・七・五)の予定。新年度には全国各地の学校図書館に並ぶ。日本中の子どもがこの本を手に俳句に触れる表情を想像しながらの楽しい校正が現在大詰め。佐々木恵子さんのイラストも明るく楽しい。書店で見かけられたらぜひ、話題にして応援下さい。
 次年度は同志社女子大学に加え、大高翔氏からご紹介頂き、京都造形芸術大学の創作講義にも赴く。NHK烏丸文化センターのカルチャー講座も好評でNHK神戸文化センターでも講座を開設する春。俳句で忙殺は上等。闊達な俳句の喜びを伝える「営業マン」になろう。覚悟を固めつつ、その準備に勤しんでいる。
(塩見恵介、「船団の会」副代表)


2019年2月10日

猫柳(ねこやなぎ)

 植物や鳥類の名前を知らない。
 「花の名前。それがどうした。」「女の名前。それがどうした。」は、向田邦子の短編「花の名前」に出てくるセリフ。しかし俳人はそうもいかない。いまだに知らない多くの花の名前の中にあって、これだけは顔と名前が一致する。何て変てこな名前なんだと子どものころ思った。枝にたくさんの猫がくっついている絵が浮かんだ。どうやら猫の「尻尾」からきている名前らしい。それなら「猫の尾柳」にすればよかったのに。庭に赤い目が、いや紅い芽が吹いてきた。もうすぐ開花。花言葉は「自由」。
(小西雅子、「船団の会」会務委員)


2019年2月3日

残雪(ざんせつ)

 むかし、夜行列車というものがあった。今もあるのかしらん。列車は悲劇名詞だとある無頼の作家は言ったが、夜行列車はまさしく悲劇名詞であったように思う。銀河の中を疾走する列車みたいにすべての乗客を遠い透明な世界へ運んでくれるようだった。
 私はそんな列車から早朝の景色を見るのが好きだった。よく眠れなかったすこし乾いた目に、夢の名残りのような雪が、畑地のいくつかに残っているのが見えたりした。
(木村和也、「船団の会」会務委員)


2019年1月27日

寒晴れ(かんばれ)

 結婚する前、悴むので冬の洗濯物干しをぞんさいにするわたしに、空き巣は洗濯物の干し方をみて入る家を決めるそうだからきちんと干しなさい、と母は言った。
 新婚のころ、冬の帰省時に小倉の嫁家で義母と洗濯物を干した。義母が幼いころは、寒晴れの日、女ものは男ものより上に干せなかったそうだ。男ものが太陽に近くなるように。今は良い時代になった、お日様はみんなのもの、と義母は笑った。
 寒晴れの日は洗濯日和。冬の太陽は貴く、きちんと干そう。ふたりの母の言葉は、冬の洗濯物干しを愚図愚図嫌がるわたしを、今でも励ましてくれている。
(衛藤夏子、「船団の会」会務委員)


2019年1月20日

返り花(かえりばな)

 「返り花」とは、初冬、小春日のころに返り咲く花をいう。桜・桃などに多く見られる現象、と言われる。
 俳句にも、演歌のような季語があるんだなあ、とずっと思っていた。今はもう1月だが、語感としては、この寒い時期のイメージもあるのではないだろうか?
 「不運・不幸の連続だったが、もうひと花咲かせたい」といったという、こまどり姉妹が、最近よくTVに出る。これは「返り花」なのだろうか? 小学生のころ姉に「こまどり姉妹がユニゾンで、ザ・ピーナッツがハーモニー」と教えてもらったことを思い出す。こまどり姉妹の「浅草姉妹」「ソーラン渡り鳥」などを、昭和の名司会者・玉置宏のイントロ曲紹介の名調子で聴きたいものだ。
(秋山 泰、「船団の会」会務委員)


2019年1月13日

成人の日(せいじんのひ)

 「独りであること、未熟であること、これが私の二十歳の原点である」(『二十歳の原点』高野悦子)。この作品は1969年1月2日から同年6月22日までの日記である。その2日後に彼女は自らの命を絶つ。彼女の死から2年後に刊行されたこの本は当時のベストセラーとなった。今、改めて読み返してふつふつと当時の衝撃が蘇ってきて驚いている。
 成人の日は、昭和23年(1948)国民の祝日として、1月15日に制定された。その後、平成12年(2000)ハッピーマンデー法により、1月の第二月曜となった。戦後生まれの新しい季語である。毎年、市町村では「おとなになったことを自覚し、みずから生きぬこうとする青年を祝いはげます」日として祝賀の催しを行う。ところで、おとなって……?
(村上栄子、「船団の会」会務委員)


2019年1月6日

七福神詣(しちふくじんもうで)

 七福神詣は恵比寿・大黒天・毘沙門天・福禄寿・弁財天・布袋・寿老人が祀られている神社を初詣も兼ねて回ること。東京へ来てからは御朱印帳片手に各所の七福神を回るのを楽しみにしている。七福神のうち、私のひいきはなんといっても弁財天。むかし正月に「九のうち九死ぬべし」と書かれた大凶を引いてしまったイヤーな年に「災いを避けるには弁財天に頼るべし」という言葉を頼りに江の島、竹生島、宮島の日本三大弁財天を回った。それ以来、楽しかった旅の記憶とともに弁財天は私の守り神になった。しかしこの正月は年末からの風邪を引きずり寝たきり正月になったのであえなく断念。せめて吉祥寺弁財天だけでも参って福を願うことにしよう。
(三宅やよい、「船団の会」副代表)


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